銀ブラ

母親が、火曜日の夜から咳が止まらなくなり、熱も8度近くまで出て、すぐ掛かりつけの先生に相談して薬を飲んだからよかったのか、翌日からは体調はかなりよくなった。

でも週に2日のデイサービスが1日減ってしまったので、ほとんど一週間家に2人でいるわけで、それは閉塞感と退屈の山で、昼間ならまー温かいようだしと、珍しく銀座に出掛けた。

松屋のレストラン街へ行き、消去法でアスターで中華ということになり、アスター麺のはずがぐっとランクアップして、ふかのひれ麺、さらに季節のメニューになり、蟹のうちこ入ふかのひれ麺、そして春巻きを食べた。

細麺が好きな母親は、美味しい?と聞くと頭を縦にふり、美味しそうに食べていた。

地下でうなぎの小さいのを一串と、パンを買う。かつての母親のいつものコースだ。

それからは友達に綺麗だよ!と聞いた、ギンザシックスの屋上へ行く。その頃にはちょうど日暮れで、遠くの空は濃紺からオレンジのグラデーションで最高に美しかったものの、寒さが急に増して来て、まだやや風邪っぴきに母親がその寒さに耐えられるかと心肺になり、途中で屋内に逃げ込む。

店内をちょっと見て、地下でコーヒーを飲み、わたしの都合で三越まで戻り、地下でお菓子を買った。その頃には疲れたのか、リクライニングじゃなく簡単な車椅子で行ったからか、身体が斜めになってしまい、抱えてもらっていたパンの袋が床に落ちた時は、大丈夫かな、風邪がぶり返すのではと心配する。

三越から東銀座までは、晴海通りの地上を歩かなければならない。しかしその寒さに耐えられないだろうなと思い、松屋の前からタクシーに乗る。タクシーの中で、途中からパンの入っている紙袋を頭でつぶすように横になってしまい、疲れたんだなと思ったが、降りる時になってあまり動かないので、このまま救急車を呼ぶことになるのではと冷やっとしたが、抱き起こしたらやっと目が開き、家に戻ってからはなんだかんだ残りものでたっぷりと夕食を食べた。

昔の母親にとっても、わたしにとっても、慣れたコースなのだけど、今の母親にとってはめまぐるしいほどに感じたであろう半日だっただろう。

最近出掛ける時は、タクシーは乗り降りがもう大変だし危ないので、地下鉄やバス、でなけりゃ介護タクシーだったので、久々に普通のタクシーに乗って疲れてしまう。

そうでなくても、今朝は起きてヘルパーさんが遅い日なので、待っていると朝食が終わると昼になってしまうから、わたしがパンツ替えをしようと思い脱がしたら大がついていて、出掛かりだったので、思い切ってポータブル便器にわたし1人で座らせてみることにした。これは初めての挑戦だ!

いつもなら10分もお腹を押していれば大きいのがスルリと出るのに、こんな日に限って便秘でなかなか出ない。仕方ないから片手で体を支え、もう一方のゴム手袋をした右手を便器に中に入れ、肛門のまわりをぐいぐい押して、大を絞りだした。

そんで洗浄して、紙パンツとパッドをつけるだけでヒーヒーで、なのに出掛ける時

パッドを変えずに出てしまったので、一応パッドは持っては出たので、デパートのトイレで替えることにした。そうしたらまた大が出て来てしまい、今度は手袋もないから手を入れるわけにもいかず、お腹をぐいぐい押して、ただただ出てくれー!と念力を送る。途中だったけど、これ以上無理と半分でやめ、スカートに付着しないよう細心の注意を払ってパンツをはかせる。

1日に2回もこれをやると、ほんとうに憔悴しますよ。

こないだ調査できた区役所の係員なんて、まったく介護の現場のこと、本人のことも家族のことも分かっちゃいないと思うよ。

あんたたちみんな、介護のドキュメント映画を作っている映画監督のように、最低5年ぐらいは介護現場で働いて、研究してから大きな口をたたきなさい!

嚥下について

わたしも含め、ヘルパーの人たちも、母親のごはんの飲み込みは、今ほとんど正常に近い、ペースト食じゃなくて普通食でも大丈夫と思って来たけど、どうやら最近はそうともいえなくなってきた。

 

食べてる途中、度々眉間にシワを寄せ、しかめっ面になることがあり、大して気にはしてなかったのだけど、飲み込むのが苦しいの?と聞くと、うん、答える。

 

わたしなりに噛みにくいものは細かくしたりしてるんだけど、もっとトロミをつけたりってことが必要になって来ているのかも知れない。

日曜日に3ヶ月ぶりに嚥下の検査を受けることになってはいるのだけど。

 

一昨日までのショートステイで、朝の6時半頃ベッドで吐いていたことがあったそうだ。特にそれで体調が悪いといったことはなかったようだといわれたが、喉に絡んだ痰が詰まり、吐き出そうとしてゲロッたと、多いに思われる。

嚥下で有名な耳鼻咽喉科の先生の本を読み、クリニックへ診てもらえないかと連絡してみたが、介護の世界でいうところの「指示が通らない」母親は喉の筋トレ、リハビリができないわけで、それならペースト食になるか、ご家族の判断でもう好きなものを食べさせてあげるしかないんじゃないですかとツレナイ返事だった。

指示が通らなくても、どうにかする方法を知りたいから診てもらえないかと連絡しているのに。

 

88才、そうじゃなくても人はだれでも年老いて弱っていく。

なのに誰かれつかまえて、どうにかならないのか!!と迫っているわたしのほうがやはり間違っているのか。本のように、ピンピンコロリンにさせてあげたいと望むには、レベルが低過ぎるのか??

自分のやってることが、家庭内延命措置のような気もしてくる今日この頃だ。

 

やらなくちゃいけないことがあるのに、こうやってまず助走のようにブログを書いているのでした。

今日も慌ただしい1日だったなあと・・・

8月からブログ書いてなかったんだな。

インスタにone_by_one_biteというアカウントを作り、そっちばっかやってたからか。

初めはペースト食の紹介などしていたが、だんだん普通のものが食べられるようになり、そっちも中途半端になっている。

 

母親は、相変わらずよく食べてはいる。でも今日ローストビーフをもらったので、薄めに切って出しけど、やはり噛んで飲み込むのは大変そうだった。

夜中のいびきや、食事中のくしゃみなど気になることがあり、3ヶ月ぶりに往診の歯科医の先生に来てもらい、検査をしてみることになった。

 

きのう「母さん、ごめん」という、50代の独身男が認知症の母親を介護するドキュメンタリー本を読み終わった。

あまりにシンクロするところが多くて、みんなこうなんだなあと思った。

 

先週の木曜、訪問介護の看護師が来た。

しかし母親はその日からショートステイに行っており、インターホン越しの看護師の男性は異常なスマイルを作り大丈夫ですよーといって帰り、その後に「キャンセル料は必要ないですから」とわざわざ電話して来たくせに、わたしが母親のショートの予定を伝えてなかったことにムカついたようで、ケアマネにクレームの電話を入れたようだ。

お陰で母親の部屋にはショートの予定をマジックで書いた、大きなカレンダーが貼られることになった。はじめやだっていったんだけど。

 

そもそも介護が担当のケアマネは、医療スタッフとの連絡は基本しないのだ。

これがおかしいっていうんだ。

 

介護が必要ということは、病気だから介護が必要なんだ。

しかし病気だからって介護が必要だとは限らない。。

だから介護には必ず医療が含まれるんだから、一緒にするべきなのだ。

なんでそういう風にならないのかが、不思議だ。

メンドーなので経過報告というカテゴリーをつくりました

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6月30日だっけ?退院してから1ヶ月以上が経ち、母親はかなり普通のものが食べられるようになり、じわじわ元気になって、昨日は鰻を食べたせいか、今日は目を開いている時間も長かったし会話もかなりまともになってきたと思う。

といっても、普通の人と比べたら信じられない程度だけど。

8時になって、いってQを見ていた母親に(見ているというより、テレビの前に車椅子でいるだけといった程度)、わたしが日曜美術館を見たいからチャンネルを変えていい?と聞いたら、直接的ではないが、嫌だと否定された。これはすごいことだ。

わたしがいうことには大抵かすかにうなずいて、いいという程度なのに、イッテQの方を選ぶとは!素晴らしい。

 

なんでもブラウンのブレンダーでペーストにしていたのもが、おかゆみたいなツブツブになり、刻み+トロミとかになって、飲み物はいまでもすべてトロミつきだが、ごはんはやらかめならおかゆでなくてもいいし、おかずもかなりごく普通になってきた。さっきはキュウリのぬか漬けも食べさせたし。

 

ベッドに移すときに立たせるけど、その時わたしにかかる力がかなり少なくなった。急にといってもいい。自分で力を入れて立とうとしているんだと思う。

食事のとき、使わないのはわかっていても、スプーンやお箸なんか持たせておくのだが、自分で食べようという動きもしてくれることがある。実際には難しいが。

 

廃用症候群という言葉をはじめて知った。

簡単にいうと、病気だからと寝てばっかりだと、心身の機能が衰え、病気にもなって死に至るということだ。

病院では、この言葉は教えられない。肺炎が、心不全が、ひとつひとつの病気がよくなっても、よくなるために安静にすることで、逆に死に近寄づいてしまうのだ。

知らないというのは、恐いことだ。でも考えれば、これは誰でもが気づいている、当たり前のことなんだけど。

 

わたしはそれほど母親を動かすことは体力的に出来ないが、どこかに車椅子で出かけて刺激を受けさせたり、話しかけたり、今日は最近お気に入りの森山良子のアルバムを聴かせていたら、手で拍子をとり、自分の想い出とかぶるような歌詞の曲には、感動してしんみり聴いているようだった。

そういった心の揺れというか、身体だけじゃなく、心も動くことは大切だと思う。

要介護度5で、感動して涙を浮かべたりできって、そうあることじゃない。

 

さてさて、本題です。

ずっとつづけてきた智慧の扉というサプリですが、再開したいと思ったのですが高いので、レシチンサプリメントを探し、マヨネーズのキューピー製のあったので、これなら信頼できそうと、キューピーに変え、昨日から飲んでます。

飲む粒は変わらず、1日MAX6粒だけど、前のサプリよりホスファチジルコリンの含有量が少し少なくなると思う。

取りあえず少しの間試してみたい。

先日亡くなった日野原先生も、朝はレシチンやバナナだったそうなので、医学的根拠がないわけないんだよね。

 

元気に鰻でも肉でも、モリモリ食べているからって、いつ何時なにが起こるか分からないから、調子にのってはいけないとは想っているんだけど、それなりに夏を楽しみたい。

経過報告

6月30日に退院して来てから、もう3週間が経ったのか。

病院に面会に行くと、もっとしゃべっていた気がするが、最近は本当に覚醒している時間が短く、目を無理矢理開いても起きないので詰まらない。

そんな生活の中で、外出と食事くらいが大きな刺激だ。

最近は公園に散歩に行ったり、今日はミニコンサートに連れていった、それでも目が開かなかった。

でも帰ってきて食事をしていると、ポチポチとしゃべり出す。

今夜のメインは冷凍のTVディナーみないのだったが、一昨日新橋のとっとりおかやまショップで買ったカキのあっさり煮を出したら、一口目ですごく美味しいと叫んでいた。

もっと書きたいけど、眠さが限界です

経過報告

在宅医療をはじめた京都西陣の早川先生というかたが、自分自身が在宅医療を受ける立場になるというテレビ、2度目を見る。

病院は病気を治しても、その人の生活も治さないといけない、総合人間学が必要だというところ、総合人間学っていうのがどんな学問かよく分からないけど、そうだと思う。

肺炎なら肺炎という病気自体は治っても、退院後の生活はもとに戻らないということを今回の入院で実感した。

 

母親は、大分普通の食べものを食べるようにはなっているが、基本的にやわらかく、小さめで、トロミをつけたものを食べさせている。

今日はこの暑い中クリニックへ行き、診察を待っている間、トロミつきの冷水を飲ませていたのだが、口の中に溜めてしまい、先生に向かってブワーット吹き出してしまった。

あー時間だ、寝ないと

経過報告

智慧の扉はもういいなと、ほとんど飲まないでいたが、調子が悪くなったのは止めた時期とタイミングが合う気がして、昨日から手持ちの分を少しずつ飲ませることにした。

 

なぜ、嚥下機能が急に低下したのか。

昼暑くて、夜涼しい日が結構つづき、タオルケット1枚で寝て風邪を引いたり、そこから肺炎を起こしていたのかも知れないなどと、つい原因探しをしてしまう。

医療関係の人たちは、大脳皮質基底核変性症という病気が進行しているせいだから仕方ないという表現をするが、わたしにはどうも100%納得出来ないところがある。

MRで脳の萎縮が進んでいないというのも、その理由のひとつだ。

医者がいうより、進行は遅かった。そしてこの病気は血液検査など数値で分かるような病気ではない。この点は、わたしの病気とおなじだ。

88という年齢では、様々な衰えは仕方ないとは思うし、退院後さらに無表情になってきた様子を見ていると、病気の進行というしかないとも思える。

しかしわたしだけが感じる母親の絶望感、小さな喜びなど心の動きを見ていると、まだ戻ってこられるのでは、単に2週間以上入院して放置状態になり、気落ちしてしまっているだけなんじゃないかと、そう思えてしまう。

今夜は市販のソフト食を用意して出かけたが、ヘルパーさんに聞いたら全部食べたそうだ。驚きだ。

美味しいものなら食べる!(わたしの作ったものは食べない)それなら美味しいものを沢山食べさせれば元気になれるのではないだろうか?

そんなわたしを周囲の人たちは、あのバスのじいさんのように、笑っているのかも知れない。