経過報告

6月30日に退院して来てから、もう3週間が経ったのか。

病院に面会に行くと、もっとしゃべっていた気がするが、最近は本当に覚醒している時間が短く、目を無理矢理開いても起きないので詰まらない。

そんな生活の中で、外出と食事くらいが大きな刺激だ。

最近は公園に散歩に行ったり、今日はミニコンサートに連れていった、それでも目が開かなかった。

でも帰ってきて食事をしていると、ポチポチとしゃべり出す。

今夜のメインは冷凍のTVディナーみないのだったが、一昨日新橋のとっとりおかやまショップで買ったカキのあっさり煮を出したら、一口目ですごく美味しいと叫んでいた。

もっと書きたいけど、眠さが限界です

経過報告

在宅医療をはじめた京都西陣の早川先生というかたが、自分自身が在宅医療を受ける立場になるというテレビ、2度目を見る。

病院は病気を治しても、その人の生活も治さないといけない、総合人間学が必要だというところ、総合人間学っていうのがどんな学問かよく分からないけど、そうだと思う。

肺炎なら肺炎という病気自体は治っても、退院後の生活はもとに戻らないということを今回の入院で実感した。

 

母親は、大分普通の食べものを食べるようにはなっているが、基本的にやわらかく、小さめで、トロミをつけたものを食べさせている。

今日はこの暑い中クリニックへ行き、診察を待っている間、トロミつきの冷水を飲ませていたのだが、口の中に溜めてしまい、先生に向かってブワーット吹き出してしまった。

あー時間だ、寝ないと

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智慧の扉はもういいなと、ほとんど飲まないでいたが、調子が悪くなったのは止めた時期とタイミングが合う気がして、昨日から手持ちの分を少しずつ飲ませることにした。

 

なぜ、嚥下機能が急に低下したのか。

昼暑くて、夜涼しい日が結構つづき、タオルケット1枚で寝て風邪を引いたり、そこから肺炎を起こしていたのかも知れないなどと、つい原因探しをしてしまう。

医療関係の人たちは、大脳皮質基底核変性症という病気が進行しているせいだから仕方ないという表現をするが、わたしにはどうも100%納得出来ないところがある。

MRで脳の萎縮が進んでいないというのも、その理由のひとつだ。

医者がいうより、進行は遅かった。そしてこの病気は血液検査など数値で分かるような病気ではない。この点は、わたしの病気とおなじだ。

88という年齢では、様々な衰えは仕方ないとは思うし、退院後さらに無表情になってきた様子を見ていると、病気の進行というしかないとも思える。

しかしわたしだけが感じる母親の絶望感、小さな喜びなど心の動きを見ていると、まだ戻ってこられるのでは、単に2週間以上入院して放置状態になり、気落ちしてしまっているだけなんじゃないかと、そう思えてしまう。

今夜は市販のソフト食を用意して出かけたが、ヘルパーさんに聞いたら全部食べたそうだ。驚きだ。

美味しいものなら食べる!(わたしの作ったものは食べない)それなら美味しいものを沢山食べさせれば元気になれるのではないだろうか?

そんなわたしを周囲の人たちは、あのバスのじいさんのように、笑っているのかも知れない。

母親の食事をヘルパーさんにまかせ、外出して少しスタバで休憩し、帰ってきた。

元気に帰ってきてスーパーで2割引で買ったにぎり寿司を一気に食べ、何かしよう!と思ったものの、急に疲れ床に寝た。

 

夜、多分日曜か?

わたしは会う人も行く場所もなく、寂しく夜の街を歩いている。

すれ違った車が、大嫌いな友達の車らしかったのも象徴的だ。

そうだ、分かれて住み始めた母親の家に行こうと考える。

歩いているのは青正公の近くか。

行こうかと思ったけど、それがどこだったのかがはっきり思い出せない。近くへいって歩けば分かるんじゃないかと考える。

魚屋が何軒か並んでいて、母親の好きな魚を買って行って一緒に食べようと思う。でも、明日は早く家を出なければならないから、食べる時間はあるだろうかと。

魚屋の軒先には何かの切り身が並んでいるが、母親が好きそうなマグロの刺身はないなーと迷っているあたりで目が覚めた。

暗く静かな街。わたしは公園で面白い風景を見つけ、写メを撮る。人は少なく、わたしは寂しさに包まれている。誰も会う人もなく、明るく若い母親のパーマをかけた顔が目に浮かぶ。父親はもう死んだから、誰と付き合っていたっていいんじゃないか、もしそうだとしても、わたしは許せる、そんなことも思っている。

 

1時まで、2時間くらいうたた寝している間に、こんな夢を見た。

なんて今の自分の潜在意識をよく表しているのだろう。いや、夢自体が潜在意識だからね。

いってしまったのじゃないかと、眠っている母親の部屋を見に行く。

安らかな寝息を立てて、母親は眠っていた。

昼間、母親の顔を見て、昔の顔を思い出せないなと思ったからだろうか。

自分の近い将来を表しているのだろうか。

なんとも寂しい夢で、母親の若い顔だけが、優しく活き活きとして、輝いていた。

来週はサンプラ

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このかたに対しては、最近ちょっといいたいこともあるのですが、こうやって昔のビデオなんて見ていると、ゾクーーーッとするというか、なんて素敵なんだろう!かっこいいんだろう!と、原点に戻ってしまう訳です。

 

本当にこれまで見てきたライブのことなんて大して覚えてないし、シングルなんてほとんど持っていないのだけど、このざわめいてしまう気持ちは、愛というか、恋というか、憧れというか、マイアイドルなんです。

 

最近はコンサートにいったみんなが(SNSで見た程度ですが)絶賛しているじゃないですか。

でもそういうのとは違う、学生時代からその時々で聴いてきた曲の数々が、わたしにしみ込んでいると思うんです。

その曲たちがわたしにとってはだけど、ひたすらかっこいい。センスがいい。おしゃれ。そう思えて仕方ない。というか、このかたに育てられた感覚なんでしょうね。

やっぱりすごくおなじ東京の人なんだなーと思えてしまう。

 

黒人R&Bシンガーのようなすごい声が出るわけじゃない。ガタイがいいわけでは、全くない。パン屋の息子っぽいひ弱な声、それが今でも感じられて、そこがいい。

そんでもって根性だけは、すごい!

恨みとか復讐心とか、見返してやろうとか、今に見ていろ俺が天下!みたいな気持ちが、この人を今の存在にさせたんだろうな。

見返してやろうという気持ちって、とても大事だと思えます。特にわたしは。

Shampoo的な気持ちですかね。

 

来週は今回のツアーでは2回目で最後ですが見に行きます。

書いているときりがないので、やめます。

❤️

 

経過報告など

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母親の部屋へ様子を見に行った。

35度位に頭を起こしたベッドで横向きではあるけど、いーちにーいと、ゆっくりめの苦しくなさそうな呼吸で眠っている。母親が昨日無事に退院してきた。

結局どこが悪くてあんな状態になったのか、色々やった検査では分からなかった。

肺炎だったのかも、という程度。

スリープクリニックでは驚いた顔で心不全だといわれ、てっきりそうだと思って慌てふためき、いつものクリニックで薬をもらったり、一緒に寝たりしていたが、一ヶ月くらいの間にどんどん悪くなり、わたしの想像以上に弱っていて、今回の入院になってしまった。

過去のことをどうこういっても仕方ないじゃないと人はいうけど、ある程度原因を知っていないと、そしてまた同じことが起こった場合の対処の仕方を知っていないと、この先不安だと思いあれやこれやお医者さんや看護師さんに聞き、大体納得できたのはよかったと思っている。

でもうちでは一番いいスプーンがなくなって、しつこくいい、新しいのにはこれ見よがしにプラスチックのネームタグを付けたり、食べたくないと本人がいったから食事を食べさせなかったといわれてまた柔らかくではあるが文句をいった結果、わたしはモンスタードーターのように思われていたのではないかと思う。

 

さっき同じような状況の友人からメールが入り、あちらのほうが深刻なのにまた自分のことばかり長々と返信してしまった。

ソフト食のこと、新しい車椅子が使いにくいこと、退院翌日なのに買物に連れ出してしまってまた体調が悪くなるんじゃないかと思うこと、買った実山椒、新生姜、南高梅のこと、この汚い部屋、トイレのこと、母親にレースの着やすい服を作ってあげるよといったこと、明日もファッションショーのビデオを見せてあげる約束をしたこと(母親は目を閉じて見てはいなかったけど、閉じた目で多分昔を思い出し、何かを感じ、思っていたこと、せっかく予約して買ったクッキー、賞味期限2週間のクッキーを誰かに早く送らなくちゃと思うこと、色んなやらなきゃならないことが有り過ぎて何も進まず、焦るばかりでただ時間だけが過ぎ、寝たくなくて、今日にとどまっていたいというより、寝ている時間が不快で、あーーーーー!

 

友人のメールには、親孝行ね、と書いてあったけど、そうではなくて、母親が期待してようにプロフェッショナルな仕事に就いたり、結婚したり子供を産んだり出来なかったし、家にお金も入れないし、健康保険料さえ払っていなかったし、親達が苦労して建てたビルに苦労なしにのーのーと住んでいるし、そんなことの数々に対する罪滅ぼしでやっているわけで、母親はそれをどう思っているのか、感謝のことばをいってはくれるが、どこかで投資したはずなのに期待はずれだっと思っているのではないかと思う。

 

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経過報告 平均寿命

無呼吸はどうなんでしょう?と聞いたら、病院内での測定では無呼吸とはいえない。

では酸素マスクは必要ないのですか?入院まで呼吸が苦しかった理由はなんなんですか?といったら、肺炎だったのかも知れない。しかしお母さんはもう平均寿命だ、もし夜中に突然亡くなったとしても、それは自然なことで、わざわざ酸素マスクなど90近くにもなって付ける必要はあるでしょうか。そういわれた。

その時は若く強気の医者の言い分に、はいはい、もういいですからとすぐその場を離れたが、家に帰ると果たしてそうなんだろうかという疑問が湧いてきた。

これは平均寿命だから、その辺りで死んで妥当だというような話だ。

これが100歳になる頭のしっかりした人だったらどうだろう?有名人だったらどうだろう?

ごはんを食べたいか、食べたくないかも自分でよく分からない、認知症のような88才の母親は、病院には必要ないのだろう。医療の必要もないということなんだろう。

しかし、家族であり、母親であり、わたしにとってはまだ充分に意思の疎通も感じられる存在だ。もう死んでもいいと見放すことはできないでしょ。

意識がもう戻らないという状態なら、脳死とかの状況なら、延命措置は無意味だとは思うが、まだかすかでも記憶があったり、笑ったりできる人間なのに、これでもう死んじゃってもいいでしょう、防げる方法があるかも知れないけど、あえて必要ないでしょうと、本当にいえるのか?

立場が違うと答えは難しい。