新たなる病名

わたしの体調の悪さは、ずーっと続いている。

薄皮が知らぬうちにハラハラと舞い落ちてきているように、状況は悪くなっている。

いつも寝てばかりいるようになった。気づくと寝ている。食後でも、おやつの後でも。

そして恐いのだが、パッと目覚めると、朝だか夜だか一瞬時間が分からなくなっている。

昔若い頃はそんなことがよくあったが、最近はそういう勘違いはなかったのに。それは眠りが深いからなのか、脳の老化=認知症につながる、なのか。だとしたらマズい。

前は夕食後テレビを見てグダグダした後でも、立ち上がり、だいどこで食器を全部洗ったものだったが(1時頃までかかろうが)、最近はそれができない。

汚い食器や鍋、フライパンは、みな翌日へ持ち越しだ。それが何日が続くと、翌朝の朝食で使う食器がなくなるわけで、朝洗いながら朝食を作ることになる。すると朝食の食器がまたそこに重なって・・・

去年の年末からそれが続き、年末からの蓄積がやっとクリーンになったのは、1月の半ばだった。それからまた積み重ねの日々。これが結構ストレスになる。でも出来ないのよ。

本当にテレビの前で寝てばかりいる。

いや、バイトもしている。一昨日、バイトに行って、買物をして帰り、うちで友達ケーキを食べ、友達は早く帰ったから夜は仕事を片づけようと思ったら、12時頃まで寝てしまった。あー、と思ったが、♪あしーたがんばろうー と諦めるしかない、こういう時は。そんな感じで動く時は動けるのだが、仕事で愛想を振りまくと、その反動でその後大変疲れる。愛想がないのに、無理して自分を作っているからだと思う。

で、愛想疲れで、家に帰って来てバイトの続きをしなければならないのに、寝る、寝る、寝る。そして今日は朝食後から、昼カップラーメンで、6時頃までパソコンに向かい続け、仕上げる。なにの出来たものを送ろうとしたら、1/3は無駄になったと連絡がくる。何かいいたいが、いう気力もない。

 

寝てばかりいるが、周りにどさっと置いたままの洗濯物を地味に畳みはじめたりすると、少し動けるようになる。今も、一昨日食べたケーキの食器や、焼いた型を起きて洗ったら洗えた。

寝ていると具合が悪い、で検索したら、「自律神経失調症」というのが引っかかってきた。あと胸が苦しくなるというのも、当たっている。

精神科の医者には、家の問題が負担になっているから、どうにかしろと責められて、その場で鬱になりそうになって安定剤を飲み、以前婦人科のお医者さんからは、そういう年頃なんだから仕方ないみたいにいわれ、甲状腺のお医者さんには、数値として問題ないので、また半年後と、内科での健康診断では、結果に問題なしといわれた。

でも誰も「自律神経失調症」とか、その疑いについては、いわなかった。

だいたい、よく分かんない病気ではあるし、何でもこういえるといえば、そうなんだろうけど。

仕事では1日平均5千歩くらいは歩いている。時には1万を超える時だってある。

しかしそれはダラダラ歩いているだけで、運動の域には達してないんだろうな。

この前一度プールにいったけど、週に一度くらいは体を動かして、どうにかこの腐った体調をどうにかしないと。

一昨年くらいまでは、こんなじゃなかった。家で倒れ込み、ヘルパーの人に「これじゃ、●子さんが死んじゃう!」といわれていても、もっと遊んでもいたし。

今のバイトも4月からどうするか、返事をしなけりゃいけない。

辞めるのか、続けるのか、続けるんだったらどこまでやれて、いくら欲しいのか!?とこの前聞かれたけど(ほぼ言われた通り)、「なんだその言い草、ざけんじゃねー!!」といおうかと思った。わたしは汚い言葉を吐くのが大好きだから、隙があったらいっちゃうぞ。でも理性が働いちゃうから、実際言った事はほとんどなく、いっても「そういわれてもー」くらいなんですけど、やっぱもう一度言われたら言っちゃうかもね。

明日は休み。でも精神科の医者の指示に従い、区役所の相談窓口でもいってみねば。

でも、プールも行きたいし、でも動けるか分かんないし、遊びにも行きたい。そんで金曜にはまたアポが。あ、もう一個の宿題もあった。

やばい、寝ないと寝ないと寝ないと

 

人のことを不定愁訴とかいうババアは嫌い。

考えない 忘れてしまうこと

以前お世話になった人が、亡くなっていたのが最近分かり、それを話す人もいないので、1人でどうしようもない気持ちを抱えた日々がつづいていた。

たまたま話せる人がいて、その人もとても喪失感を感じるているといっていたのを聞いて、自分よりもっと暗い気持ちの人が沢山いるとやっと分かり、少し気持ちが軽くなっていた。

なのに、一昨日、やはり昔お世話になったというか、10代の頃からわたしが大好きだった人の1人が亡くなっていたことを知り、また暗澹たる気持ちになった。

偉そうだが、可愛いとかカッコいいとか、おしゃれだとか、そういう美意識について、一番影響を受けた人だった。

有名な方だったけど、少し話をしたこともあり、ただ有名人が亡くなったという受け止め方だけでは済まなかった。

よく街でも歩いている姿を見かけた。

チェックのシャツにチノパンとか、それにラムウールやカシミヤのセーター、冬はダッフルコート。

わたしが知っている男性の中で、一番笑顔が素敵な人だった。シニカルで、厳しい一面もあったけど、いつも静かで、口角を上げて優しく笑ってくれた。

見ず知らずの人が、その人が残したものは残っているとわたしにいったが、そういうことではない。

亡くなるということは、笑顔を含め、その人が新たに作る出す作品も何もかも、なくなってしまうということだ。

 

お2人のことで、わたしはなんだかこのまま昔のように潰れて行きそう気がしていたが、それはいけないと思い、考えるのを止めにしようと思った。

考えることは、亡くなったかたへ唯一出来ることなのかも知れないが、それで自分がダメになってしまっては、思う、考える意味がない。

逝ってしまった人たちからわたしが影響を受けたのだとしたら、そのことを大事にすることのほうが大切だ。

わたしは何かしないといけないんだ、きっと。

そうですよね、明石町先生。

世界の広さ 可能性

先週の昔の会社の友達の集まりでは、わたしは早く会社を辞めたほうで、結構最近まで残っていた人も多かった。

そうすると、最近までの会社の話になる。会社の体制や、上司について、他の人たちは熱く話していた。

わたしにとってはもう知らない世界で、あー、狭い世界のことを話しているな、という風に見えてしまう。

世間的に名の知られた会社で役職につき、長年勤めて来たというのは、それだけで立派なことなんだろうし、その会社を通じて世間の事も沢山知っているんだろうけど、この年でプー太郎で、なんのキャリアもないわたしのほうが、自由で、世界は開けていて、可能性があるように思えるのは、単にわたしがオバカな楽観主義者だからなんだろう。

 

もちろん、組織に所属していない不安はある。

けどそれも最近慣れて来て、あまり感じなくなって来ている。

生活というものは慣れだ。初めはこんな生活で大丈夫だろうかと思っていても、日々重ねるうちに慣れてしまう。ある意味恐いことなのかな。

どこどこの誰々です!といえるのは、虚栄心が満たされていい。

でもどこどこの者でなければ、いつでもどこかの誰かになれる。かも知れない。ただの妄想だけど。

肝心なことは、自分のいる状況が、自分がしていることが、お金になるかということだ。

お金になれば、悪いことをしていなければ、それでオーライだ。

経過報告

去年の年末からブログ書いてなかったのか。

もっと書いてなかったと思っていたが・・・

 

母親の調子。

先々週か、ついにインフルエンザにかかった。

火曜日に血圧と脈拍が上がり、おかしいから大きな病院へ救急でいって、調べてもらったけど何でもないと帰ってきた。

翌日38.9度の熱が出て、いつものクリニックに連れていったらインフルだった。大病院では熱が37度出てなかったから、インフルの検査はしなかったんだって。

クリニックでは一番効くという点滴のクスリをすぐ取り寄せてもらって打って、2日後くらいには熱は36度台に下がっていたと思う。

一応予防接種はしてあったんだけどね。

前回発熱して食べさせなかったら脱水状態になってしまったので、今回はなるべく食べさせ、飲ませるように心掛けた。

しかし高齢者が病気の時、何を食べさせたらいいかというのは、結構難しいことだ。研究して、そういう本を出したら売れるかもしれないと思った。けど、きっとAmazonでも見たら、沢山並んでいるんだろう、どうせわたしの考えることだから。

 

また数日寝ていて、熱が下がって起きて生活したものの、車椅子移動で歩いてなかったから、またどうなることかと心配したが、完全復帰ではないが、手を持って歩けてはいる。トイレの段差も、ヘルパーさんと2人がかりなら、どうにか上がれるようになった。

しかし食べるのがだんだん難しくなって来たな。お箸を持てないとかそういうことだけじゃなく、どうやって食べるかがよく分からない時があるようだ。そういう時間がだんだん増えて来た。

栄養を取れないと困るから、最近は横に座って食べさせるようになってきた。自分で食べられるようになる、リハビリはないかな。

 

先週昔の会社の集まりがあった。

少し先輩の女性で、同じような環境の人がいて、どうなっているか気になっていたのだが、久しぶりにあったら、ストレスで病気になり入院したそうだ。だから同じことになるから、早く施設に預けなさいと何度も繰り返しいわれた。

そうですよね、と答えるものの、実際にはこのごに及んでまだ踏み切れない自分がいる。

母親の体力、機能がだんだん低下しているように、自分の体力も確実にじわじわ低下しているのに。

 

ほかにも頭を抱えるような問題が重なっていて、こう呑気にしている割には、わたしは今結構人生のピンチってやつだ。

どうしたらいいんだろう。

明日の仕事が終わったら考えよう。

一度に沢山考えるのはやめる。