3時すぎ頃、ベランダのほうを見て母親が何度か「明るくなってきたわね」というので、きっと外へ出かけたいんだろうと思い銀座へ行った。

東銀座に近い珈琲店で大好きなモンブランを食べながら「これ美味しいわね」という母親は、外見は変わったが、中身は昔と少しも変わらないように思えた。

その時どこかの病院のHPで知った「クオリティ・オブ・ライフ」という言葉がふと頭に浮かんだ。人と話すのが大好きで、毎日のように出掛けていた母親の、今のQOLとはなんなのだろうと考えてしまった。

いつもは外出しても大抵なにかしら事件が起こり、わたしが爆発して帰ってくる。しかし今日はケーキのあと三越へ行き、ごはんをこぼしてばかりいる母親に新しい花柄のエプロンを買い、地下でお寿司とパンを買って帰って来た。改装前の三越に慣れ親しんでた母親にとって、今の三越は迷路のように思えるらしい。この前三越のパン屋へ来た時は、わたしがレジの行列に並んでいる間に行方不明になったので今日は一緒に並ばせたが、おかげで何も事件は起こらず、楽しい思いのまま帰宅して買ってきたお寿司を食べた。わたしが爆発しないこんな平穏な一日は本当にめずらしい。

大体が病気になって変わってしまってから、母親の人格なんて考えてこなかった。ただ餌を与えているような毎日だ。

今日が平穏だったからといって、明日からもそれが続くとはまったくいえない。ケーキを食べて帰って来ることが母親のQOLの全てではないのだが、このことをもう少し頭の片隅に置くような余裕ができればなと思う。