嫌いな人
無神経で人の気持ちを察することができない人
自分のことばかり話す人
人の悪口をいいながらその人と楽しそうに話す人
裏と表がある人

つまらない話をダラダラする人(そういう人に限ってツイッターやらブログやらやってない そっちでしゃべればいいのに)
天気のことを話すことが習慣になっている人、くだらないな



好きな人
誰にでも同じように優しい人
口数の少ない人、特に男の人は
わたしだけに誰かの悪口をいう人、でもいい過ぎない人
興味の対象が一般的でない人
ここにいない人


自分がどういう人間かは、人のことを見ている時のようにはっきり説明ができないな。
なんとなくこんな人間という意識は常にあるんだけど、言葉で特徴を述べよといわれるとどうなるんだろう。
自分のことばかり話しているときもあるが、そういう人の話を聞きながら、つまらないなと黙っているときもある。
他 人から見たらわたしはどういう人間なんだろう。人は直接面と向かって欠点とか言ってくれないからね。色んな要素が「混在」しているのが人間なんだろうけ ど、すごく嫌い!とか好き!といかいう人は、ある一点が自分の中で協調されるので特徴としてよく分かる。自分のことは好き!だったり嫌い!だったりする が、やはり内側からしか見えてない=客観的には見られないのでよく分からないのかな。自分のことを客観的に見られる人ってどういう人なんだろう。そういう 人っているのかな。みんな見えてるようで見えてないんじゃないのかな。
誰かに「お前は〇〇〇な最低なやつだ!」とか言われたら、傷つくのかな。そんな風に思ってる人はたくさんいるんだろうな。だってわたしだってたくさん思っているから。
人間関係で悩むたびに思うけど、人とは浅く付き合ってるに限る。あまり入り込んだり、自分をさらけ出し過ぎたりすると必ず後悔する日が来る。なのに喉元過ぎた頃いい気になって、おなじ失敗を繰り返す。人間懲りないというか、わたしが懲りないんだな。学習しない人間なんだ。
感 情の起伏があるということは、楽しいときもあるけど、悲しときや怒っているときもあるということだ。よく一人でだまって歩いている時の自分が一番自分らし くて好きだと思うけど、一人だと起伏怒らないよね。口角が上がることがない。思いだし笑いくらいかな。そういう生活のほうが余計な感情に振り回されないで いいのかな。それじゃ寂しすぎるとしたら、極々少なく問題の怒らない人とだけ付き合って、たまにほんのり笑うくらいでいいのかな。どちらにしても大人数の 人を付き合えるような社交的、外交的なタイプではない。前に言われたっけ、内向的だって。
虫や草や石に生まれてきたほうがよかったとは思えないけど、人も自分も面倒だな・・・