頭が悪い、ということはきっとわたしの永遠のコンプレックスだろう。

頭がいいなと思う人を見ていると、ああわたしはもうひとこえ、何かが足りないと思ってしまう。ひとこえだけでなく、なんこえも足りないんだろうけど。

「今でしょ!」の林先生という人、はじめは嫌いだったけど、発言を聞いているうちにまともだなーと思うようになり、最近は好きです。さっき「子供を東大に入れるには」みたいな内容のネットの記事をよんだら、5才までの読書環境が大切と書かれてあった。家族が読書家だと、子供も影響されて本に興味を持つようになり、理解力、読解力、想像力など頭がよくなるのに必要な能力が養われるようだ。そうだよね。

うちはそういう家ではなかったな。テレビばかりみん

な見ていた。父親はドリフなんか見ている子供たちに下らないもの見てるんじゃない!とかいってたけど、自分はウィークエンドーとか更にくだらないもの見ていたし。難しそうな昔の本が本棚に並んでいたけれど、それは祖父の持ち物だったと思われ、お飾りの意味合いで置いてあったに過ぎないと思う。

わたしは絵本にはまったって記憶もないし、小学校の頃一時伝記ものにはまったが、といってもヘレン・ケラーキュリー夫人野口英世くらいだけだった。

読書家ではないということは、常にわたしのコンプレックスだけど、そういいながらも机の周りには覚えてもいないが文庫本がごろごろ転がっている。

知り合いで政治・経済・歴史・哲学など難しい本ばかり読んでいる人がいる。きっと子供の頃から読書が好きで、そういうものを読める力が備わっているから読むのだろう。

林真理子が誰だかに「わたしはそういう難しい本が読めない」と話したら、「頑張って読んでみると、そこから先が段々開けていく」といわれ、読むようになったそうだ。といっても林真理子が20代の頃だろう。鉄が熱くて打てるのは、どんなことでもせいぜい20代までなんじゃないかと思う。例えばギターだって、遅くても20代から始めれば、プロになることだって夢じゃないと思う。

でもわたしは50代で、50代で自分は馬鹿だ、頭が悪いと思っていて今後どうなるというのだろう。今さら難しい本を読めない。年取ると寝る力だってなくなるように、何をする力、気力もなるなるものだ。いや、そんなことをいって諦めないで、今日がこれからの人生で一番若いとかなんとか思って色々な本に挑戦していけば、60になった頃記憶力と激しく戦いながらも、今より少しまともになっているかも知れない。知れない。どうなるかは分からない。

でもこうしてブログ書いてる間に、少しでも難しいことを理解しようとしているほうが、賢くなるだろう。

しかし今から東大にいくわけでもない。わたしはこんなことを書いて、いったい何を目指しているのだろう。どんな自分になりたいというのだろう。そんなこともはっきりしてないのに、どこかへ進んでいけるわけがない。

馬鹿の考え休むに似たりというのだから、もう12時だし寝たほうが明日の為にはいいと思う。