勝手に人んちに8月中に来るって決めんなよ!暴力だ!

仕事は遅刻しなきゃいけないし、部屋の掃除はしなきゃいけないし。それで明日の朝は大して知らない人が何人か来る。面倒だ。なんでこんなにいくつも嫌のことが重ならなきゃいけないんだ。

いつも綺麗にしてりゃいいんでしょ、してりゃ。できるわけないだろー!

 

あー、どいつもこいつも嫌いだ。誰とも話したいと思えない。暑いだの寒いだの雨が降ってるだの、そんな話ばかりしている奴らの気が知れない。笑顔でそんなこと言い合って、心の中じゃ馬鹿にし合ってるくらいなら、しゃべらないほうがよっぽどましだ。

職場に嫌いなやつがいるのは当たり前だ、逆に1人の見方をつくったほうがよっぽどいい、みたいなことが地下鉄の本の広告に書いてあった。わたしの見方なんていやしない。そしてわたしは誰の見方でもない。周囲のやつらの価値観が許せない。きっとわたしのほうが非常識だと思われてんだろう。

非常識や頭がおかしいと思われても、例えばそれが草間弥生だったら許され敬愛される。一般人ではダメだ。失格扱いとなる。

わたしが悪いのではなく、わたしの周りが悪いか、わたしがいる世界を間違えているんだろう。

さっきも高齢者を殴った。きっとわたしは地獄に行くんだろう。そんなことずっと昔から決まってんだろう。でも、わたしをこういう風にしたのはあんたたちなんだよ。それを忘れないで欲しい。だからいうんだ、まともな子供を育てられないヤツが子供を作るなって。

あと何年たったらわたしは人口の2/3が65才以上になるんだ。わたしが65になる頃には日本はもうそういう国になっているんだろう。

共同の樹林墓地なんかに入りたくない。家の墓にも入りたくない。わたしをどこかへ撒いて欲しい。

これから楽しいことがあるとはどうしても思えない。どんどん真綿で首を絞められるように、ほんとに首を絞められていくんだろう。やることは徐々に増え、自分の時間はじわじわなくなり、精神の自由がきっと一番奪われる。今朝も悪い夢を見たっけ。

わたしが自由になる頃、わたしはもう誰がどう見てもただのババアで、汚く、今流行りの化粧や服装も分からなくなっていて、さらに世間からつまはじきになっていることだろう。その頃何を支えに生活をしていったらいいんだろう。子供がいないというのは、こういうことだ。子供が支えにならないとしても、考える対象さえもないのだから。

今日、知り合いのおじさんがなくなった。58才。心筋梗塞とか脳溢血とか、そういうことらしい。つい先週のAED講習会には来ていたらしい。お世話になっている人だから、

お通夜かお葬式に行くべきか悩むな。

馬鹿だなと思う奴らは、狭い常識の中で生きてるんだなと思うよ。なにかのきっかけで人が大きく入れ替わらないかな。でも周りを変えることは出来ないが、自分は変わることが出来るなんてよくいうから、わたしがどっかにやられちゃうかもね。

つまんねえな。なんでちょっと前まではヘラヘラ笑っていられたんだろう。いや、そう思うだけで、いつでも不満だらけで来たんだろう。だいたい楽しいことってなんなんだろう。友達は毎日の中の小さな楽しみを見つけて!というけれど、小さなことだろ今のわたしには焼け石に水なんだ。だからって今のわたしに大きな幸せとか喜びとか楽しさがやってくるとは思えない。綺麗な景色を見ることか、友達と笑い合うことか、宝くじが当たることか。わたしの火種は濁ってどす黒い血のような色をしていて、小さな楽しみくらいでわたしは満足できない。相変わらず燻りつづけるだけだ。

わたしの何が悪いんだ。わたしをこんな風にしたのは誰なんだ。毎日嫌な気分にさせるのは誰なんだ。わたしも誰と誰と誰と誰たちを気分悪くさせてるんだろう。

人なんて本当に嫌だ。新しい誰かと出会うことからも逃げ出したい。これまで出会った人間は、1人1人嫌になり、そして誰も好きじゃなくなる。誰も話す人がいなくなるだろう。うちの父親とおなじだ。最悪だ。

嫌だと思う自分から早く切り離されたい。自分を嫌な気分にさせるものもすべて切り離したい。全部切り離したら何が残るんだろう。何も残らないどころかマイナスだろう。

問題解決能力なし。

つまらないつまらないつまらないつまらない

こうやって藤圭子も死んでいったのか