朝、職場への道を歩きながら、〇〇さん、FBのぞいたら引っ越したって書いてあったなと思いだす。
SNSをはなれて久しいが、あれらって結局友人知人の近況が常に情報としてはいってくる訳で、見なくてもいいけどつい気になって読んじゃう。
読 んだら読んだで「ねたみ・そねみ・ひがみ」の強いわたしは、「あの人1ヶ月も海外でバカンス!」とか「またあんな高級レストランでうまそうなもん食べて る・・・」とか、「どうしてわたしの職場の近くから遠いところへ引っ越しちゃったんだろう???」とか、いちいち感情をゆらゆら動かさなければならなくな る。
そうすると、ねっとりとした嫉妬心を胸のなかに貼りつけたまましばらく過ごさなきゃいけなくなったり、どうして・・・と不安感を引きずったまま考えつづけたり、屈辱感にさいなまれ悪い夢を見たり、そんな日々を送らなければならなくなってしまう。
まー、一時はツイッターをチャットのようにしたやり取りが楽しい時期もあったが、実生活でのコミュニケーションが辛くなったので、ネット上は更に面倒になったのと、そんな風に一喜一憂感情ぐらぐらさせて自分で自分を振り回し、疲れてしまうのも恐くなってしまった。
昔から、頼りのないのは無事な証拠というけれど、人の近況なんて風の噂で伝わってくる程度の情報量が今のわたしにはちょうどいいんだな。だいたい、感情をやや低めのフラットにしておくくらいが、わたしの生活にとっては問題が起こらずちょうどいいのだ。
そのためにはSNSに噛りついて感情にふり回されるより、風の便りくらいで、あとは知らぬが仏がちょうどよい。
ちら見はしてますが。