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こんな状況なのに泣けない、泣かない自分がよく分からない。

爪楊枝かなんかでちょっと引っかき傷でもつくれば、すぐにでも号泣できそうなのに。

1日、一言も話さずに時間がすぎるのをひたすら待って、帰りは夕飯のための買物をしてくる。手に食い込むビニール袋、持って帰ってくるだけでもう何もしたくなくなる。

買える途中スマホでFBを見たら、知人は奥さんへのクリスマスプレゼントの話題。どうしてわたしは何ももらえないような人間になってしまったんだろう。そんなことがわたしの重い重い気持ちに追い打ちをかける。

ソファに座って小さなクッキーを食べながらお茶を飲む。

もうきょうは何もできない、何もつくれないと思う。そうしてるうちに母親は徘徊に出掛けようとドアのチェーンロックをガタガタしはじめる。

これはもうごはんを食べさせてごまかすしかない。重い重い重い腰をあげる。買ってきた安売りのブリの切り身をどうにかしないとな。

きのう愚痴を聞いてもらおうかと久々にメッセージを送った知人からは、さりげなくかわされた。みんな他人の愚痴なんて聞きたくないんだよね。

どん詰まりだと思っている。平成のソクラテス子。最期は自ら処刑かとも思うが・・・

その反面、ほかにどこかわたしが息ができる場所、ほかに行きていける場所や仲間になってくれる人はいないかと思ってしまう。だってこのまま落ちていったら、元の木阿弥、前にもおなじようなことになっているのだから、学習能力がないということだ。いや、おなじことを毎度毎度繰り返している。そうしてここまで来てしまったのだ。今日はピロリ菌治療のためクリニックの予約をした。来年になったらトラウマ治療にも行こうか。

大っ嫌いな奴が今年はお陰さまでとってもいい年でした!とこれ聞こえよがしにまたデカイ声で言っていた。

ああ、わたしの来年はどうなるのか。カレンダーは変わったって時間はただ続いているだけだ。1年で何かに区切りができるともやっぱり思えないな。でも、それでも来年になれば何かが、と思ってしまう。

とりあえずは24日の中野までは持ちこたえよう。それが終わったらもうすぐ休暇だ。でも9日間の休暇が終わり、新しい年が来たときわたしに居場所はあるんだろうか。

今日は金曜、やっと5日間が過ぎた。土日の2日間はまたあっという間にすぎてしまうんだろう。逃げ場がない逃げ場がない。

くだらない、くだらないと思いながらついつい解析サイトを見てしまう。

このままぐだぐだ書きつづけていたい。ずっとずっと書きつづけていたら、夢から覚めたり何かが変わってしまうんじゃないかと思ってしまう。

このままこのソファに座っているだけで、世の中の嫌なこと全てが消えてなくなってしまわないかな。

きのう道ばたの50cmほどの日向の部分で、肩を出し膝をかかえて少しでも温まろうとするホームレスの人を見かけた。世の中にはもっとひどい状況にある人はもっといる。最近時々電話をかけてくる昔の友人もそうだ。悲惨だという意識があっても普通には感じられていないところが悲しい。病気の人、家もない人、騙されてしまった人。わたしも騙されているひとりなんだろうか。

猪のニュースを見て、天国から地獄に落ちるとはこのことだと思った。しあわせの絶頂から突き落とされるように。そういうことだってきっとあるから。きっと。