きょう友人の職場の愚痴を聞いていた。

聞きながら、こういう話を聞くのは久しぶりだと思った。そしてこんな風に考えてる人がいるんだと思った。最近は自分が愚痴をいうばかりだったから、自分の世界がすべてでほかにも職場に不満を持っている人がいるってことすら考えてなかった。他人の職場の愚痴を聞くと、この人はこんなことに不満を持っているのか、まったく気づかなかったなと思った。

違う世界には違う人たちがいて、違う経験から違う知識や考え方をしている人が自分とはまったく違った不満を持っているのだ。

友人の愚痴を聞いたことで、わたしの不満だらけの世界は世界の半分くらいになり、友人の不満だらけの世界が残りの半分のような気がしてくる。

普通にいえば、職場に不満を抱えている人はわたしだけじゃないんだってことだよね。

幸福学の先生は、人は逆境に遭遇しても、そこから這い出てもっと幸福を感じることができると実験で分かっているとかいっていた。旦那が死んだ未亡人の女性は、死んだときには最高に不幸になるが、そのあと平均的には大きく幸福的に挽回をするのだ。

大きな不幸を知ったことで、日常の小さなことにしあわせを感じられるようになるからなんだって。

わたしの去年は逆境のひとつだったんだろうか?逆境って災害のようにその人の意思とは無関係に突然降りかかってくるもんじゃないかと思うけど、わたしの場合苦しかったことには変わりないが、身から出た錆的部分が多いからな。周囲からはお前のせい、自業自得と思われてるんだろう。わたしも少しはそう思わないこともないけどね。

それを認めて、それでも今があることに感謝できればわたしは幸福を感じられるということなんだろう。

でも難しい。実験と統計でどうすれば幸せを感じられるか分かっていても、だからってすぐそれを実践できるかというとそうはいかない。とかいってるから幸せになれないんでしょうね。

あったかマットの上でぬくぬくしてテレビを見ていられることに感謝しよう。