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今週はハードな1週間だった。

なにがハードって仕事ですごーく気と体力をつかわなけりゃいけなかった週なのに、水曜日同級生の新居へいって午前3時までしゃべりつづけてしまった。でも母親はショートステイ中だったので、家の心配がなかったことだけはラッキー。送ってもらい寝たのは4時!その日はなんとか起き定期検診で病院、仕事ではあの痛い寒さのなか街の端から端までガイドして歩き、仕事のあとはギターへいってその後も歩いてショートステイの様子を見に。携帯アプリの歩数計を見たら、これまで最高記録の9,962歩だった。どうにか1日凌いだものの、次の昨日はたっぷり睡眠をとったのにヘロヘロ。でもまた厳しい寒さのなか体をカチンコチンにしながら街のガイドで歩く歩く。おまけに気をつかうつかう。ヘロヘロヒー!

昨日は寝たのは12時頃になっちゃったんだけど、ごちそうさん見るためアラームに従い8時に起きてしまい、アラームセットせずに午前中寝つづければよかったと後悔。起きて軽く朝食を食べ、ソファで寝るもののやっぱりベッドで寝るのとは疲れの取れ方が違うよね。メレンゲ見て着替え、歩いて母親のお迎えに。

帰ってきてからこんどは床で少し寝て、ちょっと回復したがまだヘロヘロヒヒー!

今夜こそ早く寝ようと思いながら、いまSWITCHを見ている。

また長い前振りになってしまったが、久しぶりにあんなに長く同級生としゃべっていて、やはり中高というか10代を一緒に過ごしたというつながりの深さ強さを感じる。自分たちはこれがいたって真っ当と思って疑ってもみないことが、きっと違う環境、学校で10代を送った人には理解出来ないんだろうな。それはお互いさまなんだろうけどね。

これまでもよく長時間話してきたし、親の介護やなんらかの障害に関係して生活をしていることで共感できることも多い。あうんの呼吸でできる馬鹿ばなしも数知れず。

別に10代に帰れるわけじゃ全然ないんだけど、おなじ環境で過ごしたという土台に、あれやこれや50すぎまでだからそれぞれ様々な経験が蓄積されて、別々の道を通ってきたのにまたここで同じような体験をしていたりしていると、今もてる共感というのも社会へ出て知り合った人とはやはり違い、簡単にいえば裏切られない信頼のもとにお互いの気持ちをさらけ出すことができる。それは絶対100%ではないのだけど、何をいっても最終的には裏切られたり嫌われないという安心感がある。それは社会へ出てから知り合った人ってのは、嫌なところがあったら人ととしてわたしは人間関係を断ち切ってしまうんだけど、同級生は酸いも甘いもというか、いいところも嫌なところも散々見てきて知っていてこれまでもそれを無視したりつっこんだりして乗り越えてきてるので、ああまたね・・・で嫌な部分も含めて会話を、関係をつづけることができる。ま、できない奴もいたけど。

わたしがバーン!としゃべれば、あっちもドーン!と返してくるわけで、その会話から得られる喜びや快感はほかでは得難いものなんだ。だから3時までしゃべりつづけました。10時には失礼します、と帰るつもりだったんだけど。

3日たっても癒えない睡眠不足と疲れはその代償なんだけど、あれだけ充実した時間を過ごしたんだから仕方ないよね。

それに寒い中の街のガイドさん役やらなんやらが重なり、なんでも重なるときは重なるもんである。

わたしの今年はどうなることだろう。今はプライドずたずた状態でもある。その気持ちを引きずってこれから過ごしていかなければいけないのだと思うと辛いが、楽天的な不感症にでもなってなんにも感じないようにすればいいんだろうな。

昼間のはなしはいっててもきりがないないからやめにする。楽しいことが起こればいいと思うだけ、それだけ。

 

同級生の新居の屋上から見た夜景。

目を開ければ、あなたの前に世界は広がっている、明るいにせよ、暗いにせよ。

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