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12時すぎた。

寝たら明日になっちゃうよー

明日で連休はおわり。

やだよー、やだよー、やだよー。

こどもが地べたに寝っころがって泣き叫ぶように、わたしも泣き叫びたい。

地団駄踏んで泣いていれば、昔はあきらめられて思い通りになったこともあった。

でもこの年になると泣き叫んだら自分にマイナスになることはあっても、プラスになることは決してないだろうな。

地べたに寝転がって泣き叫べば思い通りになった頃が懐かしい。覚えちゃいないけどね。

明日という大切な1日をどう過ごしたらいいのだろう。

それよりも朝不快感なく起きられるかどうかが不安だ。変な夢を見て、嫌な気持ちで起きるのは辛いというより怖い。

最近のわたしは怖いことだらけだ。なにをするにも体がかちんこちんになって恐怖感に包まれてしまう。人と楽しく話しているときは忘れていられるのだが、じゃあと別れたとたんに重い空気に包まれ、前に進むことが怖くなる。明日へ、前進するための作業すべてが怖いものとなる。

ひとつ怖さから逃れられる手段があるとすれば、かちんこちんになりながら、掃除でも洗濯でもなんでも、目の前にある片付けなければいけないことに思い切って手をつけること。怖い辛いと思っても、一旦手をつけてしまえば、いつかは終わる。終わる頃にはそのことに集中するので、集中して怖さを忘れることができる。

でも終わったらまた次の恐怖がやってくる。繰り返しだ。

お風呂に入ることも、着替えることも、化粧をすることも、なんでも怖い。この怖いという感覚を分かってくれる人がいるだろうか。体がかちんこちんになって動けなくなる怖さを。

「怖さを持ちながら、とにかくやってみなさい」

先月からこの言葉に頼って生きている。この言葉をロッククライミングの小さな小さなとっかかりのようにして、少しずつ登ってみたりした。大して前にも上にも進んではいない。

この言葉に頼って、やっと、普通の生活が送れている程度だ。

こんなにダラダラ愚痴ばっかりいってるやつは嫌われるよね。自分でもそう思うし、まったくかっこよくない。

どんなに辛いことがあってもそれを人には見せず、何事もなかったように戦っているような人を、人は魅力的な人だというんじゃないのか。

わたしは人に愚痴ってばかりいて、一体どういう人間になりたいのだろう。自分の美意識なんてどっかいっちゃったのか。わたしがもしわたしじゃなかったら、今のわたしを見てなんていうだろう。励ますか?叱咤激励するか?罵倒するか?もうだめだね、と見放すか?

客観的になれません。どっぷり馬鹿です。無駄なことばかり考えてるバカです。

あしたという日のために、もう寝たいと思います。