f:id:dcandy:20140513215112j:plain

 

子供の頃、人に褒められたことがあるか?

父親から一度だけ褒められたことがある。画用紙に横に一本の線を引いたら、すごくうまく描けていると褒めた。こども心にどこがいいんだろうと思った。

中学の頃、朝制服姿で、髪の毛をドライヤーでブローしていたら、お前なんか綺麗にする価値がないと怒鳴られたことがある。大分大人になり果物のコンポートを作って鍋に入れておいたら、いつの間にかなくなっていて現場は見なかったけど多分捨てられたんだと思う。

気が狂ったように怒る男だったので、よく父親に対し気違い!気違い!と怒鳴っていた。怒鳴ったあとわたしの部屋の襖を蹴破られたことがあったと思う。今なんとなく思い出した。わたしも頭に来て襖を蹴破ったり、壁を殴って穴を開けたこともあった。

こういうのって普通の範囲内なんだろうか。

 

大学生のとき、おじさんの家に泊まり、朝2人で近くの広場まで散歩に出かけた。

わたしは確か白いシャツに白いパンツに白いスニーカーで、広場で突然ダッシュをしたら、おじさんが◎ちゃん走る姿がかっこいいね!とほめてくれた。

わたしは小さい頃から足が速いほうじゃなかったから、そんなにかっこよく走れるタイプじゃなかったと思うのだが、きっとあの頃70代だったおじさんにとっては、わたし若さの象徴みたいな存在だったのじゃないかと思う。老いを実感しはじめたおじさんには、無知で無能のわたしの若さは眩しく思えたんだろう。

 

母親に褒められた記憶・・・、意外とない。最近わたしも物忘れが酷いから、単に思い出せないだけなのかな。

母親は虚栄心が強いというか、常に自分が人より綺麗に見られていることを自慢しているようなタイプの人間だった。70代くらいからは自慢の友達に紹介された高い洋服屋のはまり、一着何十万もする服を何枚も何枚も買った。今見ると同じような服がたくさんあり、きっとすでに認知症が始まっていて、自分がなにを持っているか把握できなくなっていたのかも知れない。そこの店の9号の服が直さないでも自分にピッタリだということが自慢で、おんなじことをいつも繰り返していっていた。豪華な花の刺繍がほどこされそれらの服たちは、今背が縮んでしまった母親にはどれも長過ぎてずるずるで、わたしにとってはトイレに行かせるとき邪魔になるだけだ。

そしてどれも食べこぼしなどのシミだらけ。昔はわざわざデパートの中の白洋舎に服をもっていってクリーニングしてもらい、家まで送ってもらっていた。当時はそんなことにまったく無関心だったから何とも思わなかったけど、今考えてみればとんでもない浪費だ。もちろんあんなにたくさんのワンピースやらスーツやらジャケットやら、買ってたこと自体すでに頭が狂っていたようなものだ。いや、完全に狂っていたんだろう。

今は何十万の服がシミだらけでも誰も気にしないし、エマールで洗濯機でガラガラ洗う。高級なせいか、水で洗っても型くずれしない。

母親はそんな高い服を着て、人に綺麗ねと褒められることがきっと最高の幸せだったんだと思う。そういう服を着て、高級レストランの支配人の名刺を大切にしまい、自分も自分の友達のように一流とか上流とかになれた気持ちでいたんだろう。

だからわたしといて、わたしが褒められると横でジェラシーを感じているようだった。

人にやさしくなれやさしくなれとよくいったけど、母親の優しさはおもいやりというより単に物資的なことだったり、優しくすることで自分がよく思われたりすることが重要だったと思う。

 

先週、チョコレートドーナツという映画を観た。

ゲイのカップルが隣りに住む、母親が麻薬常習者の息子のダウン症の男の子を引き取って育てようとする話。

親権をめぐる裁判の中で、裁判官が男の片方に、あなたはマイクというその男の子をどのように面倒見ましたか?と質問する場面があった。男は、朝起こしたら朝ごはんを食べさせて、学校へ送って行き、帰ってきたらごはんを食べて、寝る前にはハッピーエンドのお話をしてあげる、そうやって愛情を持って育てました、そんなことをいうシーンだった。

わたしはそのシーンを見て、わたしは愛情を持って育てられたんだろうか、また今の生活で愛情を持って母親に接していないことも改めて自覚した。

中学校には確かカウンセリングルームがあり、何か悩みがある人はいってくださいねといういうので、わたしは勇気を出して自分と父親との関係について相談にいったけど、それは何の解決にもならないどころか、何の気の効いたアドバイスもなく自然消滅したと思う。

あの頃は自分の環境がどれだけ特殊かとか、それがどんなダメージを人に与えるかとか、幼すぎてまったく理解できていなかった。そんな中でもわたしは違和感を感じ誰かに救いを求めたのだが、結局どうにもならなかったし、それ以上わたしもどうすることもできなかった。

まぁ、今だって他人の家庭の事情をよく知ってるわけじゃないからうちがどれだけ異常だったかよく分からないが、先日恐怖感というものがどこから来るのかという本を読んでいたときも、育った環境に原因があると書いてあり、やはりわたしはわたしを悩み苦しめる原因は、自分の子供の頃の環境にあるのではないかと思わずにいられなくなる。

悪いことが起こるたびにそのことに気持ちが舞い戻り、いつもいつもぐるぐる考えがめぐっているばかりでその軌道から脱出することができない。

そこからいつまで経っても卒業できないのだ。

友達はみんなわたしを助けてくれようとする。話を聴いてくれて、アドバイスをくれて。

完璧な環境なんてない。

みんな誰しも自分が持っているもので妥協したり折り合いをつけ、自分なりに納得できる結論を出してやっているのだろうか。さっきも水俣病の55才の女性をテレビで見ながら考えた。彼女は病気を恨んでいるだろうが、その中でもできることを大切に生きているのだろう。彼女と比べたら、わたしは羨ましいくらいに健康に見えるだろう。自分一人で好きな場所へ行けるし、好きなこともできる。

 

わたしはどういう人間なんだろうね。

遠い昔すぎて、自分がどんなやつだったかもう忘れてしまった。幼稚園の頃は意地悪な子だった。よく人をぶったり噛み付いたりしていた。目のつり上がった子豚のような顔をしていた。あの頃のわたしが本来のわたしなんだろうか。あのまま育っていたらわたしはどんな人間になっていたんだろうか。

どうして意地悪ないじめっ子だったんだろう。

あまりに昔でもうよくわからない。