今回の職場でのこともそうだが、考えてみればこのマンションの人たちとも、調子のいい時に管理組合の仕事に首をつっこんだばっかりに、理事会で爆発し、結局今は挨拶する程度で誰とも話さなくなってしまった。いわばマンション内の村八分状態だ。

昔町内会の口の軽い人から、お宅はは町内で村八分なのよといわれたことがあった。それは父親のしたことが原因だ。父親は友達のいない人間で、最後は母親しか相手をしてくれる人がいなかったが、死んだあと母親は父親が死んだあとが一番楽しかったといっていた。

わたしもどこかで新しい人間関係をつくるたびに、自らそれを破壊し、孤立化してきた。職場でもマンションでも。また新しい人間関係を築いても、おなじことをくり返すのかと思うと、本当に虚しくなる。

体をかちこちにして緊張しながら職探しなどをして、そうする意味があるのだろうかと思ってしまう。

職場でこれまでに2回おなじことをくり返したけど、3度目に立ち向かう勇気、気力がなくなる。

どうせ自分以外のやつら全部を嫌いになり、そこにいられなくなって辞めさせられるのだ。一度嫌いになったやつらのことは、自分の病状が変わってももう2度と受け入れられない。一度くそだと思ったやつらのことは、そう思いつづけるだけだ。

場所が変われば人間関係が豊かになっていくどころか、どんどん孤立していく。かといって病気が原因だということは、誰にも理解されない。性格、人間性の問題だと思われてしまう。

わたしだってどこまでが病気で、どこまでが性格か分からない。それが余計困る。

こうやっておなじことばかり考えている。