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2025年問題の討論会をちょっと見た。

真剣に見るとただ暗くなるだけなので流し見。ホームドクターの制度が必要だという話題になっていたが、かつてアメリカ生活をしていた友達が、一時学校にいってこのテーマに取り組んでいた。様々な事情で勉強するのを諦めなければならなくなったが、そのことをとても残念に思っている。わたしがホームドクターの必要性をすごく感じているからではなく、彼女は社会で活躍するべき人、社会に貢献できる人だと強く思っているので、その道をもっと極めて仕事をして欲しかった。

彼女は近々お姉さんが面倒を見ていたお母さんを引き取って介護することになり、ますます自分の勉強どころではなくなるだろう。彼女を見ていると次々に難問がふりかかってきてしまう人に思えてならない。わたしのようなへなちょこふにゃふにゃからすれば、よくぶっ倒れないで今までやってこられたなと、ただただ感心してしまう。

学生時代、スポーツで精神力も鍛えられたのだろう。明るく聡明でタフで、彼女の娘が以前SNSで母親にたいする感謝のことばを書いていて、ちゃんと伝わっているんだなと、さすが彼女の娘だとも思った。

これから介護がはじまる彼女のお母さんは、うちとは違い認知症はないが、下半身の麻痺がある。今ケアプランを組んでいるようだが、肉体労働だよな。友達が肉体的にも精神的にもまいらないようにと思う。うまいこと「手抜き介護」のプランが組めますように。

母親も自分も、最近は大学病院でお世話になることが多かったが、あのほぼ半日がつぶれてしまう待ち時間を考えると、やはりホームドクターは必要だと思う。老いとともに悪くなるとこがあちこち出てきて、そのたびにどこの病院へいったらいいか考えるのはとても面倒だ。信頼できる先生がいてくれて、なにかの場合には専門医を紹介してくれれば、情報が溢れすぎて困ってしまうネットに頼らなくてもよくなるし。正直病院選びはネットでは無理だと思う。少数の病院にさらに患者が集中するだけじゃないかな。やはり人力、口コミが一番安心するし確かでもあると思う。よいホームドクターにめぐり合えるかどうかとう問題も出てくると思うし、お医者さんにすれば勉強する範囲が広がり難しいようだが。

川島なおみが健康でいることが一番の社会貢献だといっていたが、確かおない年でもあるし、確かにそうだなと思った。

老人が増えていけば、これから若い人は少なくなるのだから、病院や施設に頼らずに、在宅、なるべく家で過ごせればいいということになる。

 

書いてるのがめんどくさくなってきた。箇条書き。

・ケアマネとか、地域包括センターの人とか、「レスパイト」とか「小規模多機能」とか、専門用語を説明せずに使わないで欲しい。

・洗濯ばっかりしている。しては畳んでしまい、また洗い。ごはんつくり。これだけでいっぱいです。そりゃ昼間寝てたり、出かけたりもしてますが、いっぱいです。あの仕事をしていたことは、わたしにしては許容範囲を超えていました。きっとそう。

・あの仕事はわたしの虚栄心を充分に満たしていた。だから薄給でも何年もやってきた。あの街はひとつのブランドだ。ブランドに興味がないといいながら、結局はわたしもブランドにぶらさがっていた。今もあそこで虚栄心を満たしている人はたくさんいるだろう。

・知らない街のはなしはまた明日。