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旦那さんの同級生の家に梅の実をとりに行くから、一緒に行こうといわれていて、とっても楽しみにしていたんだけど、いざ日にちが決まったら、恐くて返事もできなくなった。
ひとつは車で高速に乗らなければならないことと、友達の旦那さんも一緒だということ、そして甲府というわたしにとってはかなり遠い場所だということもある。
明日行くという日の午後になってもまだ返事が出来ずにいた。でも自分のなかでは、行きたーい!という気持ちと、恐ーい!が葛藤していて、どうしても結論が出せなかったのだ。
その日は母親を郵便局とクリニックに連れて行ったあと、ショートステイの施設まで送っていく日だった。クリニックのあとは母親が好きだった近くのお寿司屋さんでランチを食べ、施設に入る前は近くの上島珈琲でケーキを食べながらアイスコーヒーをゆっくり飲んだ。施設についてから、1階下のフロアに入所している102歳になるご近所のおばさんに会いに行った。おばさんは耳が少し遠く車椅子をつかっているものの、2週間前も母親が訪ねたことを覚えているくらい意識ははっきりしていた。話していると不思議と母親の表情が変わり、はっきりとして昔のような顔に戻っていた。目が全然違うのだ。自分が守ってあげなければいけない人が近くにいることがそうさせるのかな。
しばしおしゃべりをして自分の部屋に戻る。その後もなんだかんだとおしゃべりをした。なんで自分が母親と話をするような優しい気持ちになれたのかはよく分からないが、めずらしく離れがたい気持ちになった。母親は顔がはっきりしたと同時に意識もはっきりしたのか、自分のおばあさんはどんな料理が上手だったかなど、昔のことをたくさん話しだした。つじつまが合わないところもあったが、それでも質問するとスラスラと話した。
帰らなくてはいけないがなかなか帰る気になれない。母親の膝にごろんと頭を乗せたらウェーンと泣いてしまった。
そしたら母親はわたしの肩や腕や、背中をさすり、「死んじゃだめだよ、死んじゃ」とくり返しいった。「あんたもわたしも死んだらおしまいだからね。生きていようね」って。
わたしがなんで膝の上で泣いたのか、わたしがどういう病気なのか、なんで仕事をやめることになったのか、今のわたしがどういう状況なのか。そんなことなんにも分かっていないはずなのに、この人はやっぱりどこかでわたしの本当の気持ちを感じている。分かっている。
とても不思議な気持ちなった。
後ろ髪ひかれる気分で帰った。変な気分でどちらかが死んでしまうんじゃないかと思ったが、さっき母親のところには水ようかんを持って面会に行き、一緒に元気に食べてきた。また「帰っちゃうの!さみしいねー」というので、早めに今夜連れて帰ってきてしまおうかと思ったが、無理して取ってもらったスケジュールだし、距離が離れている時間が長いほうが、帰ってきてからやさしく出来ると思い、ごまかして帰ってきてしまった。
母親の体をなで、わたしもなでられ、オキシトシンがたくさん出たせいか、その日の夕方やっと梅とりに誘ってくれた友達に連れてって!と、ぎりぎりで返事ができた。
パニクるのは恐かったが、これまでだってそう思いながらあちこち行ってきたが、実際にパニクってひどい目にあったってことはなかったでしょ!と自分にいいきかせて。
そうして行ってみたら、梅がとってもとっても取りきれないほどあって楽しくて楽しくて、友達とこういう作業は人間の本能を呼び覚ますねと笑いあった。
きのうは青梅をみつ煮にして、きょうは小梅の梅干しを漬けはじめた。大きくてキズのない立派な青梅は、追熟して黄色くなるのを待ち、自家製高級梅干しをつくる予定。
熟した小梅は生でも食べられるので、アプリコットやプラム類のように素焼きでタルトが出来ないかと思い、試しにオーブントースターでいくつか焼いてみたが、熱を加えたら飛び上がるほど酸っぱくなってしまい、いまどうしようか思案中。
早くしないと腐っちゃうよ!
明日中にどうにか料理しよう。