今Yahooで、60才の娘が87才の母親を殴り殺したというニュースを読んでしまった。

ちゃんとトイレができなかったことが引き金になったらしい。アパートに2人暮らしで、その部屋にはエアコンがなく、亡くなった母親は27キロしか体重がなかったそうだ。

あまりに自分のことのようで、気の毒としか思えない。そんな痩せほそったおかあさんなら、この暑さで冷房もなかったら、殴らなくたってもう危険な状態だったはずだ。

誰かが2人のあいだに入っていたらと思ってしまったが、介護は受けていたんだろうか。もちろん亡くなったおかあさんはお気の毒だが、殺してしまった娘さんだってとても気の毒だ。そうするしかなかったんだと思う。おかあさんは殴られながらも、きっと娘を気の毒に、わたしのために可哀相にと思っていたはずだ。

 

さっきショートステイ中の母親を訪ねた。今回おやつを持たせるのを忘れたので、家にあったもらいもののお菓子を届けにいった。

エレベーターが開いたら廊下を散歩中だったようで、目の前に母親がいて、こっちを向いて驚き、ぱーっと笑顔になった。もちろん迎えにきたと思ったのだと思う。

テーブルで冗談をいいながらお菓子を食べ、そとの夕立のような雨が過ぎたようなのでもう帰るねというと、なら一緒に帰るという。予定があるからもう少しここで我慢してねというと、目をうるうるさせて帰るという。どうにかごまかし、じゃあエレベーターのところまで送ってねと一緒にいくと、開いたエレベーターに一緒に乗り込み、出ようとしない。施設の人が外に出て見送りしましょうというと、こどものようにいやいやといい、そこに固まって動こうとしなかった。

連れて帰りたいとは思うのだが、無理はしないほうがいいなと思う。自分の気持ちがどうであれ、物理的に離れているということが、介護ではとても大切なことなのだと最近思う。介護施設の対応は決して100%ではないと思うし、預けることで認知症が進むこともある。そういうリスクがあっても、離れて過ごすということはある程度の段階になれば必要なのだ。

仕事を辞めてしばらくは、ストレスの軽減でかなり優しくできたが、最近はまたイラっとしてどなったり叩いたりすることがある。仕事をしているときはそれがもっとひどかったから、ニュースで見たような事件に、わたしだっていつなってもおかしくない状態だった。

今は頭がすこしクールダウンしているので、あの頃のもっと暴力的だった自分に戻るのもすごく恐い。介護って、本当にそんなぎりぎりの精神状態になってしまうものだから。だからこそ、自分が遊びたいために母親を施設に預けてひどい娘だなと思っても、離れていられるときはギリギリまで離れて、少しでも心の中に余裕を増やして、家に戻ってきてから楽しく過ごせたほうがいいと思う。

多分、おなじような経験をした人じゃないと絶対に分からないと思う。それに認知症といったって、介護度のレベルだけで分かられる問題じゃないくて、なんだってそうだけど人によって状況は必ずちがう。

これでもう一人だれが家にいて、クッションになってくれたらなと思うが、きのうも友達と話したが、昔のように地方からお手伝いさんをしてくれる人が来てくれるようなことは今ではありえない。

かといってロボットや外国人の人というのも・・・

今介護職の人が、オリンピックなどの影響もあり、どんどん他の職業に転職しているそうだ。

母親は、ぎりぎりいい時代にいるといえるんだろうな。