Facebookも更にアカウントを作って再開したが、やっぱり全然つまんない。友達になりたい人がいないし。

SNSの類いがまったくおもしろくなくなってしまった。もちろん精神状態や生活状況のためだろう。

もっと時間が欲しいと思う。ブラブラしてる時間。永遠の自由時間。

きのうも目に悪いとは思いながら、ハローワークの求人情報を何十ページも見てしまった。もっといいところがあるんじゃないか、前の職場が求人だしてるんじゃないかとかね。

人といると自分をいつも意識して作っていなければいけないので疲れる。そうやって緊張してコントロールしていないと、また余計なことをしたり言ったりしてしまいそうだから。当たり障りなく、誰にも深く入り込まず、笑顔で感じよく。時給900円、月数万円のためになんでこんなことしなきゃならいんだ! と思ってしまう。

もうまともな世界へは戻れないし、かといってどこの世界での成功もないとしたら、なんのためにそんなに自分を矯正しつづけなければいけないのだ。

 

最近は重いからカメラを持ち歩かなくなってしまった。持っていてもいつも急いでいるので、カメラをバッグから引っぱり出してキャップを取って構えてって、めんどくさいことやる気がしない。だから持ち歩かなくなった。バッグが小さいのもあるけど。

朝、くだらない朝顔の写真を撮るだけ。昔から定点観測的なことが好きなんだな。それが自分にとってどういう意味のあることなのかよくわかんないけど

朝、水をやらなきゃ枯れちゃうから、朝顔やほかの鉢に水をやる。そして今朝の変化について、ぼーっと老人のように眺める。熊谷守一ぐらい真剣に眺められたらそれはそれですごいんだろうけど、多分1〜2分だな。そろそろ花芽がどこかに出てるのかなとか、成長の遅い鉢は他は3つなのに4つが生えてるので栄養足りないのかなとか、すごい根っこが張ってる、全部鉢が小さすぎたのかもとか、葉っぱはどうしてモサモサ毛が生えてるんだろうとか、葉っぱの裏についてるすごく小さい茶色い砂粒みたいなのは虫なのか?とか、葉っぱの先の割れ方とか、摘心したのにぐーんと伸びてこない芽はなんでなんだろうとかとかとか。

UNIQLOの股引姿で狭いベランダにしゃがんでずーっと見ている。小学一年生でも軽々こなすような作業について、定年退職したようなわたしはいちいち気にしてはぼーっと見る。

いや、最近はたまに水をやるのが面倒でもある。見たって二葉が出てきた頃や、摘心前後ほどおもろくないし。花咲いてないしね。

絵を描くわけじゃないし、本当に何が生まれるわけじゃない時間。でも、ほとんど無になってしゃがんで見てるのいい。53のおばさんがやることじゃない。いや、いくつでもやっていい。よくわからない。

佐倉にある歴史民俗博物館で朝顔展をやってるそうで、江戸時代からあるおもしろい品種の朝顔がたくさん見られるみたいだ。でも東京駅からバスで1時間半もかかるんだよね。遠いな。

 

おととい、南の島の布地で作った洋服を売っている店に入った。ワンピースがいいなと思ったが、4万くらいして高いなと思った。多分あの人が作っているんだろうと思われる店の人は白髪の人で、多分60代だろうな。服もいいんだけど、なんていうか物が分かってる人みたいな、若くない人がいかにも買いそうな服だった。つい雑誌で表現しちゃうけど、クロワッサン読んでますみたない人が着そうな。

素敵だなと思う反面、そういう雰囲気は嫌いだと思った。よく50代からの服なんて本があるけど、あの手の本に載ってるような服を着たいと思わない。年齢で服を選ぶのはいやだ。かといって娘とお揃いで着てまーす!みたいなアホはもっとやだけど。

なんかそれ風っていうのがやなんだ。

でも、お金はない!