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きのう。

 

 

きょう。

 

 

つるはぐんぐんぐるぐる伸び、つぼみは順調にふくらんできているのに、きょうのわたしの気持ちはまったく晴れ晴れとしない。

 

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きのうは友達一家と遠出し、長い一日を楽しく帰ってきた。

きょうはお昼と食べようと食堂へいき、1時間待ちといわれたのでそのくらいすぐ過ぎるさと順番待ちリストに名前をいい、では友達がくるまでにトイレでもいくかと、化粧室にはいったところで血尿が出ているのに気づく。朝は気づかなかったのに。

休みだし、家の心配をしなくていいし、浮かれていた気持ちが一気に盛り下がる。

しなきゃいいのにググってみると、すぐに悪い病名が並んで出てくる。なんにせよこんなことは初めてなので、また病気かよ!と去年に舞い戻ったような気分になった。

早いほうがいいと帰りに病院へいったところ、医者には簡単に膀胱炎だから抗生物質を5日間つづけて飲むようにとだけいわれる。

家に帰ってきたがもうなにもする気がしない。きのうもらってきた野菜や桃にも、感心がなくなる。

バイトはじめたり、出かけたりで読んでいず散乱したままの新聞。いつもだって大して読みゃしないのに、知っておくべきだったネタを全部見過ごしたような気になる。今からなんて広げてみる気もしない。

ソファにつまれた洗濯物。またすぐ母親が帰ってきてたくさん洗わなきゃいけないとおもうと、畳む気もしない。

ちょっとしたことが自分の感情をひっかいてしまうと、もうイライラして嫌なことばかりが目に付き、思い出し、考えてしまう。

なんでこんな嫌な気分になるのか、自分でもうんざりだ。自分が自分に振り回される、あの感覚が戻ってきている感じだ。

花粉症とストレスはやはりとても似ていると思う。

一度自分という容器から溢れてしまったら、花粉症はもう治らない。ストレスもおなじだ。表面張力までの状態でどうにか持ってきたなら大丈夫だけど、一度溢れさせてしまうとその器は適量を保つってことができなくなる。

人的なもの、物的なもの、耐えられる限度が低くなってしまうのだ。

バカなんだし、キャパないんだから、余計なものを見ず、考えず、関わらず、そいうしていりゃいいのに無駄に余計なことばかり気になってしまう。

でも、性格でもあると同時に病気でもあるんです。

昔友達が海外の僻地に住んでいたことがあった。テントで寝るようなところだから、それでもよければ遊びにくればといってくれた。ある友達は兄弟や同居人と、そこへ旅行することを決めたといい、わたしのことをバカにしたように「あんたはどうせ耐えられないからいけないよね」といった。また彼女は大食漢で、それほど食べられないわたしのことをいつも食が細いよねと、無能力な人間のようにいっていた。食が細いといってもわたしは出された一人前の食事は残さず食べるようにしてきたし、あまり食べると気分が悪くなって安定剤が必要にこともあるので、それ異常は無理して食べないようにしているだけだ。

飛行機に乗れないも、住んでる場所からあまり遠くと気が遠くなってしまうからあまり行けないことも、大量に食べられないことも、なんでもなんでも、わたしが精神的に弱くて人並みに出来ないことは、みな病気だからだ。パニックになってしまうからできないということだ。おできが出来ている人に、ここでは醜いからおできを引っ込めろとか、近眼の人にここでは眼鏡なしでも遠くも見えるようにしろと要求していることと変わらない。

わたしだって普通の人とおなじに見えるよう、常にバックの中の安定剤を駆使して、装い戦っているんだ。ただ見えないだけだ。

わたしを小食だと常にバカにしていた友達とは、その後あるきっかけでこちらから絶交した。もうあんなやつはわたしの人生には必要ないと思っている。

 

なんか書いてることがそれちゃったな。でもこれも前からどこかで書きたかったことだ。

 

もう、母親といるストレスも限界かなと思う。箸とスプーンが持ち替えられない、トイレットペーパーを折ることも目の前でしつこくいわないと分からないような、そんな人と暮らすことは限界かなと。1日数時間のバイトでも、家に帰るとそういうなにも出来ずに衰えていくだけの人間がいるということが。

最近は一時楽しくやってた脳トレもまったく出来なくなってしまった。いい感じだったのに。

施設に入れてしまったら罪悪感でいっぱいになるよな。でも1、2週間もしたらそんな気持ちさえ忘れてしまいせいせいするのかも。