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 最近朝が恐い。

休み中だからどうしても寝坊してしまうのだが、今年に入って4日のうち元日から3日、母親はベッドから落ちていた。

ベッドの上の布団や毛布を引きずりおろして、でもそれを自分に掛けるわけでもなく床に落ちたままになっている。一応部屋に暖房はいれているが。

何時から床に座っているのか、そんなことさっぱり分からない。聞いたって答えなんかない。

自分で立てないからそこから立ち上がらせるまで30分近くかかる。

今朝はわたしがたまたま3:30頃トイレに起きて、様子を見にいったらもう床に座っていた。でもそんな時間に母親をトイレまでひきずっていき、10cmの段差にどうにか座らせてそこからテコの要領で立たせるなんてことできないので、床に掛け布団を敷き、そこに寝かせて上から適当に毛布と布団を掛けて寝かせた。朝見に行くまでそこでそのまま寝ていた。

今神社で買ってきた羊の人形を箸で食べようとしている。

朝起き抜けにあの床に落ちている状態を見て、そこから立ち上がらせるまでのことを思うと本当にうんざりで、また朝から目一杯疲労する。

わたしが朝寝坊すると、これまでに起きていたことは紙パンツが溢れシーツと防水シーツが汚れ、洗濯しなければならないことだ。数日続くと毎日すごい洗濯ものだ。

それは紙パンツにパットを併用することでどうにか漏れないですむようになったのだが、朝落ちているのは困る。精神的にも肉体的にも困る。両方疲労する。朝からあんなことで疲れたくない。

こうなるとベッドに柵をつけなければならない。明日から介護の会社も始まるだろうから、早速すぐにでも持ってきて欲しいと頼まなければならない。

ショートステイなどの施設では徘徊老人やベッドから落ちる認知症患者は、夜中に体を動かすとベルが鳴って知らせるようになっている。

でもそれだけは嫌だ。夜中にベルが鳴り、寝ているわたしが起こされ、母親の様子を見にいくなって、そんな生活できるわけない。

やっぱり12月に特養のホームに入れてしまえばよかったのか。

母親がショートステイでいないとき、なんのストレスもなく家の中で生活している自分に気づき、これが普通の人間の生活というもんじゃないかと思うことがある。

今の生活がどのくらい普通でどのくらい酷いかよく分からない。

更年期の疲労感などもかなりあり、いつも体調が万全でない。何かしら動き始めると体が軽くなるので片付けなどをばーっとやると、反動であとがどっと疲れる。

あー、元気で気持ちがいい!

そんな気分はもう遠い昔になってしまった。

疲労も不安もストレスもない爽快感を早く味わいたい。