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ぐるなびお題「思い出のレストラン」
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/gnavi201503

 

年齢の若い順に書いていこう。

 

🍳家が近いから、こどもの頃から外食といえば銀座だった。

幼稚園か小学校低学年の頃だと思うけど、銀座通りに面したあるレストランで食べた料理が美味しくて、ずっと忘れられなかった。今でもそれがなんだか分からないが、詰め物をした小さな料理で、中に入っていたその詰め物の味がすごく好きだった。何度も食べたわけじゃないと思うが。ずーっとその店はコックドールだと思っていたが、数年前オリンピックだったんじゃない?と誰かにいわれた。料理の名前も、店の名前も、今となっては味さえ朧げになってしまった。幻デュクセル・・・

 

🍳子供の頃、家の近くに精養軒という1階がパン屋とケーキ屋、2階がレストラン(喫茶店?)の店があった。食パンに苺ジャムとバターをぬってサンドしただけのが、ものすごく美味しかったが、ある日ボケる前のおばあちゃんが、いつもの着物に割烹着姿で、おかっぱ頭のわたしを2階のレストランへ連れてってくれた。きっと時々そんなことしてくれたんだろうな。おばあちゃんが頼んでくれたのはサンドイッチ。耳を取って4cm巾くらいにカットされた1切れを口に運ぶと・・・ 「おばあちゃん、これなにー!!??😲 生まれてはじめて食べるけどおいしいすぎるー!!!!!」それは人生初のツナサンドだった。ま、半世紀弱前のはなし。戦後ですよ。あの感動と衝撃は、ツナマヨおにぎりとは比べ物にならない。

 

🍳急に大人になって成人式当日。

振袖など買ってもらえないわたしは、渋谷のパルコPart1のBIGIで買った、赤地に黒で花が描かれたツーピースに、Kissaの踵のある黒いウエスタンブーツを履いておめかししていた。それまでブルーばかり着ていたが、あの服で自分は結構赤が似合うと発見する。昼間は区の式典、夜は友達同士ではじめてのフレンチディナーを予約した。店の名前は忘れたが、当時流行っていたカプッチョの系列店で、乃木坂駅近くのビルの地下にあった。1階がカプッチョだったっけ?緊張して四角いテーブルにつき、ぎこちない手で白くてたっぷり厚みのあるナプキンを広げ、膝にかける。布の輪はどっち側?確か一品目がコンソメスープだった。ずっしりと大きなスプーンを手にとり、お皿の中をのぞき込むと「 ×  ×; 」そこには怪しい球体が・・・ ⚪️⚪️⚪️ カエルの卵!? ひやっとしたが、それが噂に聞くタピオカだった。時代は昭和、でもバブルまでカウントダウン! 

 

🍳ビストロ出現!?

これは昔のブログに書いたが、仕事の関係もあって80年代に代官山にあったFLAGSは素敵な店だった。気楽なつまみと、カラフェのワインと、ハート形にしたバゲッドのはしっこ。ここは好きな人が多かったみたい。前身はドマーニなのかな?ユーミンに聞いたらよく知っているのでしょうか?時々きのこのトマトクリームソースを作ります。

 

🍳社内結婚の同級生は玉の輿!

式はニューオータニで、披露宴はホテル内の高級鴨レストラン「トゥールダルジャン」だった。もちろん同級生の誰もそんなとこへは入ったことない訳で、まずは着るものからということで、わたしは当時大好きだったジャンポールゴルチェの紫の袴スーツ。あれはよく着回しできて元取れたかも。自分が食べる鴨にナンバーがふってあること、トイレが異常に豪華なこと、店内がブルーのインテリアだったこと、そして天井が鏡だったことしか覚えていない。料理なんてほとんど。自分の上をパッと見上げると、飾り立てた同級生たちがそれぞれの円卓につき、おなじように上気した顔で上を眺めている。テーブルの上には豪華な食器に豪華な料理、グラスが立ち並び、クリストフルがきらめく。そんな様子を写真に撮ったっけ。万華鏡みたいだった。2度といかないレストランン。

 

🍳フレンチのエスプリは慇懃無礼

30代かな、母親の誕生日を理由に恵比寿のタイユヴァン・ロブションのランチに行った。

行く前は読んだ知識で、予約の際母親が誕生日だと告げた。義理の妹を含めた3人が、白いシャトーの円卓につく。当時ロブションはもう大人気だったから、野菜の輪切りをネックレスのようにきれいにつなげたお皿が出てくると、ロブションに来たんだ!と思った。ここでもなにを食べたかはほとんど覚えてない。ただ強烈に印象に残ったことが。メイン料理かな、銀のボールをかぶせたお皿が登場した。(蓋はクロッシュとよぶそう)ギャルソーンはフランス人らしく、白手袋をはめたフランス人が1人分ずを持ってわたしたち3人の前にお皿を置き、次の瞬間息を合わあせてサッと取っ手をつまみ蓋を取った。その時のナルシスティックな彼らの横顔があまりに可笑しく、笑いを抑えるのが大変だった。デジュネ(ランチ)でもかなりの量で、最後デザートが出る前かな、店からのサービスですとでっかいグラタンみたいなクリームブリュレが出て来た。こちらから誕生日ですといったものの、腹一杯でもう勘弁してくださいーい!と言いたい気分だった。

 

🍳熱にうかされたチャウダー

はじめてNYへ行ったとき、急にボストンへ行くことになり、わたしは緊張の弛みや疲れで熱を出した。でもこんな楽しいことないんだから、寝てるわけにはいかない。ボストン美術館へ行ったらちょうどお昼になり、館内のレストランで食事となった。やや朦朧としながらもメニューを凝視し、「ボストンクラムチャウダー!」と力強くオーダー。思っていたよりドロッとしたピンクのチャウダー、ひたすら旨かったとです!あれで元気になれました。

 

寝れなくなっちゃったな。。

 

🍳カンツォーネを歌いイタリア人からやな目で見られる

2度目にNYへ行ったとき、向こうに住んでた友達が日本人のバイオリニストの女性を紹介してくれた。3人でイタリア料理を食べに行くことになり、赤いチェックのクロスが気軽な店に入る。食事しているとギターを抱えた流しのカンツォーネおじさんが。実はわたし1曲だけイタリア語で歌が歌える。これはノリノリでおじさん掴まえて歌うしかないだろう!おじさんにサンタルチアを強要し、自分で勝手に歌いはじめた。これは高校の授業でやらされたから、わたしの学校の人はみな歌います😑 おじさんは踊りだし、周囲の人も巻き込んで・・・ わたしはそうなるはずと疑いもしなかったが、おじさんは演奏こそ止めはしなかったが、まったく笑顔は見せなかった。なぜ?

 

考えたらもう少しネタがありそうだけど、眠いのでやめよ。

高級レストランで、シャンパーニュ傾けながらキャビアやトリュフ、窓の外は摩天楼。デザートの手前で照明が変わり、花束と小さなブルーのボックスに入ったプレゼントが・・・

そういうありきたりで一般的な経験は全くないのですが(強がり😑)、わたしの思い出の中のレストランは、味はまったく記憶の中で不鮮明なものの、その時感じた驚きや新鮮な味わい、わたしだけの可笑しさなどは他には変えることのできないような体験ばかりで、書き出してみると、思っていた以上に豊かさが溢れていたように思います。

次は食べものの味の印象重視で、書いてみたいな〜