寝たきり中年

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昨日今日と、床の座椅子に転がったきり、結局なんにもできなかった。

やっとパソコンを手にするきになったところ。

昨日からテレビは有名人の病気や訃報ばかりで、ついさっきもとろとろ居眠りしながら頭のなかではそんなニュースが流れていた。

ふと浅い夢を見る。

わたしがソファでテレビを見ていると、母親も横に立って悲惨なニュースを顔をしかめて見ている。でも母親はそのニュースの内容が理解できていないんだと思う。

母親の体は60代くらいの張りのある体で、わたしはそんな母親を不憫に思い、胸に抱きつき泣きそうになる。なんでこんな病気になってしまったんだろうと。

そのあとすぐ目が覚め、はじまった番組が笑点だったからよかった。

チャンチャカチャカチャカチャンチゃン!

最近時々考えるが、母親が膝の手術をきっかけに認知症を発症したときの病院の対応はひどかった。せん妄症状がひどく、呆けてしまったことについての責任の所在を担当医に求めたとき、訴えるなら訴えてもらっていいといわれた。

そもそも何だか分からない感染症になったのも、院内感染で医療ミスの可能性が高かったのだ。

あの時、2回痛みが出て入院した。1回めで治らず、再発して手術をした。手術をしなければ、母親はアルツハイマーなんかにならなかったかも知れない。なっていたとしてもこんなに急激に何もかもが崩壊してはいかなかっただろう。

 

一昨日は母親の健診でクリニックについれて行き、1時までかかり、タクシーで移動してわたしが行きたかったおそば屋さんへ行き、そこからショートステイの施設まで送った。雨のなか車椅子での移動は大変だ。またてるてる坊主みたいな雨がっぱを着せた。

そしたらエネルギー使い果たして、わたしは動けなくなってしまった。パソコン作業をしたり、物をつくったり、母親がショートステイの間にはしたいことが沢山あるのに。

明日の午後は、この前の検査の結果を聞きに病院へ連れていく。水曜日は電気の工事がある.金曜日はクリニックの健診の結果。

わたしが元気で時間のあるときがもっと欲しいのにな。

まあ、生きているからこうして動かざるを得ない。生きている証ではあるのだけど。

 

晩ご飯は何を食べよう。もう作りたくないな。

母親がいないと一層何もする気がなくなる。いなくなったらわたしは独りでどうなってしまうんだろう。今はあれこれ忙しくしているからいいが。