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経過報告 花ちゃんの要求

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ほとんど何にも要求してくれないのが、寂しいとこだ。

いつもならテレビの番組を変えるよ!といっても、はいどうぞというだけで、これ見てるからダメ!とは絶対いわない。

うちの日曜の夕方は、笑点バンキシャ、鉄腕ダッシュというのがお決まりの流れだ。

きのうわたしは買物に行かなかったので、冷蔵庫の大掃除もあり、野菜がたっぷり入ったけんちん汁もどきを丁寧につくり、かぼちゃも美味しく煮えたし、新米のごはんも花ちゃんごのみでやらかく炊けたし、さ、ごはんだよ!とソファでテレビを見ている母親を食卓のほうへ連れて来ようとした。といっても1.5mほどだが。

ソファから立ち上がらせて歩かせようとしたらテレビをソファで見るといってきかない。ダッシュ村ではちょうど新米の収穫をやっているところだった。

わたしの作ったごはんはお汁もごはんもアツアツで、ちょうどいいタイミングでセッティングされていたが、そんなにテレビを見たいというのはかなり珍しいので、ソファに戻ってつづきを見た。

ダッシュ村では粒ぞろいのピカピカのお米が脱穀されて、漬け物や梅干しでみんなでごはんを食べていた。

そういえば前々から花ちゃんはダッシュ村と志村動物園が好きなようだ。

はじめはごはんが遅くなるし冷めちゃうから困った、やだなと思ったが、一通り見終わって、じゃこっちも新米食べようかといったら素直にうんといってテーブルに移動し、ごはんを食べた。

ちなみに街中では赤ちゃんを見るのが楽しいようだ。これは昔からそうだし、年配女性は大抵知らない電車のなかにいる赤ちゃんをあやしたりするのが好きだが、乗り物のなかで赤ちゃんかこどもを見かけると、とても嬉しそうにしてたまには声をかけたりする。

今日から花ちゃんはショートステイだ。

わたしは1人になると突然食生活が乱れまくり、治っていた胃炎が大抵再発する。

やはり独りじゃなさみしいなあと思うが、たまにこうしないとやはりストレスが溜まってしまうし、死ぬんじゃないかと思うほど疲れまくる。

きのうごはんを食べながら、明日からお泊まりよろしくお願いします、というと、昔はもっと「なんで!どこにいくの!」という強い反応があったと思うが、最近は悟っていて「どこに?」とは聞くが、説明すると「しょうがないね...」という。

母親は行きたくないんだろうが、わたしもたまには1人になりたいし、行かないと仕方ないということをどこかで分かっている。ぼんやりどこかで分かっているが、それを言葉にするまでの強い意識がない、や、あってもいわないんだろうな。

ぼーっと座ってるだけや、奇声を発してる人がいたり、始終訳の分からないことをしゃべってる人がいたり、そんな人たちのなかで一週間過ごすのは辛いだろうし、つまらないのだろうけど、しょうがないよね。

家にいたってそんなに内容のある会話があるわけじゃないんだが、それでも笑って過ごしていることも多い。

昨日は日曜。日曜はデイサービスへ行かないので、いつもよりゆっくり寝ていたら、わたしはいつもよりオーバーしている浅い余分な眠りのなかで、無職でお金がないということが重くのしかかるような不快な夢を見てしまった。大うつ期の時と同じような内容だ。

起きて母親の様子を見に行ったら、母親も浅い眠りの中にいたのか、何かに怯えていた。ベッドの上がどこで、様子を見にきたわたしが誰かも分からなくなっているようだった。早朝の朦朧とした時間は、時々そういうことがあるように思う。

わたしだよ、わたしわたし!と何度かいうと、やっと分かったようで安心していた。

脳が小さくなったって、自分の状況も分かるし、それに不安も抱く。でもはっきり分からないから余計不安になってしまうんだろう。

今度のショートステイも無事に帰ってきますように。