ストレス

 

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NHKでキラーストレスの話をやっている。

こういの見るとすぐ影響されて、見てるだけで胸が苦しくなってくるのよね。だけどつい見ちゃう。

ストレスホルモンはいいって、マクゴニカルはいってたと思うんだけど。

複数の原因のストレスが重なるといけないんだって。

回避策だけやってください!

だって複数のストレス重なってるから。

 

15才くらい年上の友人2人と会った。

2人とそれぞれの回りの知人含めると、病気とか介護とか、暗い話しか出て来ない。

小さな幸せで乗り切ろう的なレベルを超える。生き死にがテーマだから。

そうなるのは仕方ないんだろ。

1人がいう。老後のためには最低5,000万必要だと。もう1人の人は、自分の老後のために取っておいた貯金が親の介護で出ていってしまうから、このままだと厳しいという。

そして、「あなたはまだまだこれからだからいいわよ」といわれる。

五千万あったって、それを使おうとする前に死んじゃったら貯めておいた意味がないじゃん。わたしはこれからどう頑張ったって五百万の貯金も出来ないだろう。将来にたいする不安は大きすぎて考えないようにしているから、結構呑気にしているように見えるだろうが、見て見ないふりしてるだけだ。

 

自分も含めてだけど、人が何人か集まると、必ず一番年上の人は、他の人を諭すように、自分の経験を語る。それが一番だ、それが真実だというように。

まあ、それは性格だから、そんな風にいわない人だっているだろうけど。

わたしはシニカルではあるけれど、バカなことをいって笑っているほうが好きだ。それがキツい冗談で相手が不愉快になっていることもあるだろうけどね。最後は笑って別れるような相方をしたいと思う。

 

母親は、一時歩けなくなり廊下でくだけて腰や足を打ち、晴れちゃって勧めも有り整形外科でレントゲン撮ったけど、骨折もなく一安心だ。もう少し前、言葉が不明瞭な時期もあったが、それも戻ってきている。

今日からショートステイ。のんびりできていいのではあるが、やはり家に人がいないのは空虚。食事を作る気も失せる。今日あった1人住まいであまり料理も得意じゃない友人は、毎日どんな食生活なんどうろと心配になる。ま、わたしも1人だと酷いもんになっちゃうが。

バイトが始まり、週の前半は外で歩き回っているか、人から話を聞いているか、そうでなければ家で深夜までパソコンを打ちつづけ、画像の加工をする。まあ10枚ちょっとだけど、そんでも一番いいトリミング、色合いでと必死にやると結構時間かかるのよ。

文章だって、短く短くとは思うけど、見てきたこと、人に話してもらったことを盛り込もうと思うと欲張りになり、ダラダラなる。

でも人にものごとを紹介するのって難しいなと思う。最近までは自分の感じたこと考えていることは全部入れたいと思っていたが、人に興味を持ってもらうって、それでいいのか?と最近考えるようになった。これも人としての進歩だ。

全部書き過ぎたら読む人は、そんなに長いの読めるか!と思うか、あー全部書いてあるからいちいち自分で見る必要ないかと思うか、どっちかになってしまう。

もっと知りたい!と思わせたり、実際に自分の目で確認したい!と思わせるには・・・

難しいね。

 

あー、母親の話だった。

また自分の話になっちゃった、でもつづき。

去年末、ローカル新聞で紹介したレストランがあった。今日久しぶりにそこへ友人といったら、新聞を見たといって来てくれた人がたくさんいたんですよ!と教えてくれた。お金もらってやってることじゃなく、わたしが好きでやっていることなんだが、それでも紹介したことでよい影響があったと聞いて嬉しかった。

自分のもの書きとしての腕にあらためて自信をもった。

ってことはない。相変わらず語彙は少ないし、表現のバリエーションも乏しいと思うし、たまたま仕事で向田邦子全集の一部を図書館に読みにいったけど、プロはすごいよなーと思うもんね。

でもわたしは、やっぱり笑える、人を笑かすことを書きたい気がするね。ま、人はわたしにそれを求めないけどね。

あれなんだろう、書くとおもしろいけど、人に話すとつまんなそうにされるの。なんだろうね?

 

で、母親は・・・

そうそう、わたしのストレスキャパは狭いから、一度随分空き容量が増えていたのに最近満杯になり、母親を怒ったり、目の前にいるのに丸無視した日があった。

母親はわからないながらも「どうしてなんだろう・・・」という表情をしていて、翌朝は反省して普通をよそおい起こしにいったら、「ごめんね、ごめんね」と自分でせいで迷惑かけてという顔をして謝っていた。

なんにも分からないようでいて、夜中にそういうことを考えていたんだなと思うとこちらも辛い。

4月か5月からだったか、リハビリの先生が変わった。30代の元気な男性で、去年の5月までは1人で歩いてたんですがと話したら、「じゃあ、そこまで戻しましょう!」といってくれた。はじめ冗談だろうと思ったが、これまで母親の病気のことは介護関係の誰に話しても、よくて現状維持ですね、といわれてきた。それが初めて元に戻しましょうと、いとも簡単にいってくれたんだから、ここはそれに賭けてみようと思い、今月はデイサービスを減らしてリハビリを増やした。

先生がやると、いとも簡単にホイホイホイと歩くので、なんじゃそりゃー!と聞いたら、脊椎?かなんかに刺激を与えると勝手に足が出るんですといわれた。それは改善しているとはいえないかも知れないが、わたしもコツを覚えてやってみるうち、早めにホイホイホイと歩けるようになって来た。ただバランス感覚はないから、手を離すとすぐ倒れちゃうんだけど、筋肉がなくなってあんな太かった足が細くなってしまった母親にとって、少しでも歩くということは大切だ。後退しないためにも、またちょっとだから影響ないかも知れないけど、動くことで少しでも悪玉コレステロールが減るといいんだけど、そこまでは無理かな。

 

昨日は奮発して買った夏の帽子をかぶせて、リニューアルした駅前のカフェにいきケーキを食べた。ミルクレープを割ってあげたら、あとは自分でフォークで食べていた。周囲はパソコン仕事してるIT企業の人間とか商談してるサラリーマンで、そこ自体が高層オフィスなんだけど、恥ずかしいと思わないわけでもないが、ずーずーしく入っていって、ティータイムをする。

で、いつものスーパーに行き、買物かごを持ってもらってぐるりと一周買物をする。

なんでもいい。世間とつながっていて、刺激になればいい。こんな安いさくらんぼはダメだからこっちの安いマンゴーにしようか、そうだね、そういう会話が必要なのだ。

ショートステイにいっている間なんて、きっとほとんど人と話すこともないんだろうし。

もうすぐ大きな病院にいく時期だ。

多分、はじめて行って検査して今の難病といわれる病名をいわれたとき、1年後には寝たきりで胃ろうだと思いますとさりげなくいわれた。

もう一年たったんじゃないかな?

わたしはヒマもあって頑張っている。ついこの前まではうつだったのか、毎日死ぬんじゃないかという恐怖感と戦うような日々を送っていたが、それもバイトで外へ出ることが増え、気が紛れているのか少なくなった。もちろんヘルパーさんやデイサービスやショートステイやマッサージやリハビリや、今のところ使えるものを使って、それぞれの人にがんばってもらっている。

 

今日も友人たちと会って、自分のことのほうを大事に考えろといわれたが、人のことをいうのは出来るが、自分がそう出来るかは難しい。やっぱりみすみす急カーブで転落していくのが分かっていて、施設には入れられない。それは単に愛情ということだけじゃなく、自分のためでもあるんだけど。

 

認知症が徘徊をする時期の大変さ、そんな話も出たが、わたしにしたらそんな元気な頃が懐かしい気がする。それに今だったら、徘徊したい母親の気持ちを、うまくおさめられるような気もする。

元に戻って欲しい気持ちもあるが、少し怖い気持ちももちろんある。

少し前に、病気がはじまる直前の母親の写真が出てきて、わたしは冴えない顔してるのに、母親はイキイキと笑っていた。その写真の頃から、どこをどう通ってここまで来たのか。本当に覚えていない。激動だった、と思う。

いつかこの書き投げのブログたちを読み返すかな?