卒業の春

f:id:dcandy:20170327010124j:plain

 

去年の4月から始まった仕事が、1年満期で終了する。

昨年末悲鳴をあげ、1月に約1ヶ月弱休んだけど、それをのぞけば毎週締め切り仕事をこなして来た訳だ。穴を開けたことは、一応なかった。

次のお題について頭を悩ませ、夢にまで出て来てノイローゼになるんじゃないかって状態の時期も大分あった。いつもお天気を気にして、帰る時間を気にして、夕飯をどうするかを気にして、いつも追われている1年間だった。

先週最後のお題を提出して、今週の中頃までに何かクレームがなければ完了だ。

一時、もう1年やってくれないかという話もあったようだが、またブーたれて態度悪かったから、わたしに回って来なかったんだろう。

わたしに仕事を回してくれた会社は、もしかしたら他の人でその仕事を続けるのかも知れない。知れないけど、そんなこと知ってもしょうがないから聞かないけど。

これまで知らなかった場所に色々行けたり、知らない人に会えたり、たまにはごちそうしてもらったり、普通考えれば大変よい経験だったんだろうけど、更年期を含め持病?がしんどすぎて、「しむしむ(死ぬ死ぬ)」といつも驚怖を感じながらやり続けるのは、やっぱりかなりしんどかった。

文章を書くことは全然上手にならなかったな。初めの頃のほうが熱心だった。図書館にもよく通ったし。

しかし、調べながら、考えながら、決められたお題について書いていると、途中から脳が飽和状態に陥り、考えられなくなる。いくら考えているつもりでも考えがうわ滑って、結局前に進まないし、まともな内容にならない。このブログと大差ないというこだ。

写真を撮るということについては、納品先はクオリティの低さに閉口していたようだが、たまにはヒットも打ったと思う。しかし昨日読んだ写真家の人のネットの記事では、プロなら6割りが使えるものでないとダメだとあった。わたしは3%くらい?いや、それ以下。まー、1年やって、2〜3枚はあったかなというところ。

でも数やるってことは、それなりの成長もあった。どの時間帯に撮ればいいかとか、どうやったら空の色が白飛びしにくくなるかとか、最後の頃にようやっと分かって来た。

遅かったね。

でもバイトの合間に撮り貯めた写真で、いいこともあったから、少しは成長もあったのだろう。

何もやっても、やって無駄ということはない。それは世の中でいわれてるだけじゃなく、わたし自身も実感だ。だからこの1年あったことが、後々何かで生きることがあるかも知れないよね。

 

今日は疲れて座椅子を引っぱり出し、ゴロゴロ寝てたら首が痛くなって、このままではいかん!と、引きずり起きて外へ出掛けた。出掛けてしまえば、元気になるから不思議だ。

きっとよく分からんけど、交感神経と副交感神経の問題だ。よく知らない。

あー眠い眠い   寝るよ